背広姿の会社員が談笑しながら燗酒を注ぎあっている――、そんな姿が残る、いまや貴重になった大衆割烹。
「店の人自ら市場に行き、それを修行した板前の確かな技で調理する」
当たり前のことを丁寧にやっている、それが老舗大衆割烹のシンプルかつ最大の魅力です。その代表格とも言える店が、都心に点在する『大衆割烹三州屋』です。
目次
三州屋とは
1942年(昭和17年)頃に創業(1951年に法人化)した『大衆割烹三州屋』。本店はかつて蒲田東口にあり、1970年築の三州屋本店ビルに店を構えていたものの、2021年初頭に昨今の要請を受け休業したまま、同年3月に閉店が発表されました。
三州屋は一部を除き、親戚関係はあっても、相互に組織として関係があるわけではありません。蒲田から直接の暖簾分けや、暖簾分けされた新宿店、神田店などからさらに暖簾分けするかたちで増加。最盛期には都心を中心に15店舗以上あり、都心で魚をつまむならば安心の三州屋というイメージが浸透していきました。各店の質の高さ、日常の中で飲みに行ける「大衆」的な手頃さが人気の理由でしょう。
世代交代、再開発、昨今の飲酒シーンの変化など様々な事情から店舗数は激減してしまい、2022年には4店舗まで減少しましたが、2023年3月、北海道ボールパークFビレッジに支店が出店し5店舗になりました。
各店は暖簾分けですから、現在営業している店は、『三州屋』という暖簾の減少に直接の関係はありません。ただ、昔を知っている六本木や飯田橋の女将さんは寂しそうに話しています。
それでも、個々の店に長年のファンがいて、店主や従業員、店に関わる皆さんの生活が成り立つ大切な「居場所」です。東京の文化史に刻まれる銘店へ、ぜひ今一度訪ねてみてはいかがでしょう。
三州屋一覧
頑張っている三州屋の全店をご紹介します。
1,大衆割烹三州屋 銀座本店
三州屋の存在を銀座から知ったという人も多いのではないでしょうか。
世界的な高級ブランド店、星付きの名店、100年続く老舗などが立ち並ぶ並木通り。その中で時が止まったように昭和風情が漂う店が銀座店です。創業は1968年。度々建物の補修が行われていますが、構造は昔のままです。
店が位置する銀座二丁目は、旧都庁(現在の国際フォーラム)や京橋、丸の内などのオフィス街にも近く、古くから三州屋は近隣会社員のたまり場になっていました。当時からの飲み友達と昼から飲み会を楽しむOB・OGの姿も多く、街に根付いた銘店特有の温かい雰囲気に包まれています。
ランチタイムは近隣のオフィスワーカーだけでなく、ビール会社など銀座で働く営業職、マスコミ、アパレル店員や美容師、飲食店スタッフなど、銀座らしい人々が集います。さながら「銀座のお仕事コレクション」といったところ。
看板料理は刺身などの魚介類。東京都中央卸売市場豊洲市場(以前は築地市場)が近い銀座ならではの立地を活かし、毎日新鮮な魚を直接仕入れています。
なお、店名に「銀座”本店”」とついているのは、三州屋としての本店ではなく、銀座店が支店を開いていることに対しての「本店」を意味しています。
格闘家・プロレスラーの三州ツバ吉氏は同店を営むご夫婦の息子さんで、店を継いでいます。
名物料理
全店共通(六本木店は現在ありません)の名物料理、鳥豆腐。
三州屋の多くは揚げ物を扱っていませんでした。銀座店は特別で、海鮮系の揚げ物を多く揃え、それが名物料理として長く愛されています。
10月から3月にかけてのカキフライは、全国のカキフライマニアを虜にしてきた同店の名物料理です。通年で大きなアジフライやエビフライが人気です。
宴会利用など
2階は座敷になっており、最大40名まで利用可能です。襖で仕切ることで10名程度から個室が使えます。また、4~6人ほどの宴会は1階の大きめのテーブルを使うことになります。通し営業しており、おすすめはアイドルタイムの14時から17時にかけて。それでも、予約されることを強くおすすめします。
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2,大衆割烹 三州屋 銀座一丁目支店
三州屋銀座本店と同じ経営の一丁目支店。
本店から徒歩1分ほどしか離れていませんが、こちらも古くからの人気店です。本店と品書きもほぼ同一ですが、雰囲気は大きく異なります。日差しが入り明るく、店内に柱がないため広く感じます。数人でのお昼飲みならば、筆者は支店側がおすすめ。
名物料理
本店と同じで、こちらもカキフライをはじめとした揚げ物が人気です。あえて、こちらでおすすめするならば、定食メニューです。人気の海鮮丼のほか、フライ系の定食や刺身定食などがあり、昼食時に限らず夜まで注文できます。14時以降は定食100円引きです。
定食に生ビール(サッポロ黒ラベル)や袴をはいたお燗酒(白鶴辛口)をつけて軽い晩酌はいかがでしょう。お腹を満たしてから、近くのバーへ梯子するなんて、銀座らしい楽しみ方ではないでしょうか。
宴会利用など
6席テーブルが6卓のみ。少人数の宴会ならば利用できますが、予約はできません。
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3,大衆割烹三州屋 飯田橋店
飯田橋駅近く、神楽坂からも徒歩圏の場所にあります。無垢の分厚い一枚板のカウンターに暖色照明が照らす落ち着きある一軒。
出版関係などで働く古くからの常連さんが多く、お客さんの年齢層は高め。また、近隣に暮らすご近所さんの姿も多く見らます。だかこそ、賑わっていても落ち着いて飲めるのです。
かつての神田店を思わせるぱりっとした店の雰囲気と、親しみやすい女将さんのキャラクターも店の魅力です。
名物料理
(写真は2人前)
なにより、刺身の盛りの良さが素晴らしいです。この界隈では随一ともいえるコストパフォーマンスの良さに驚くに違いありません。また、本マグロなどのトロをつかった「ぬた」は絶品です。
宴会など
8名テーブルが2卓、6人座敷がひとつあり4~6人程度で利用できます。予約は原則できないようです。
4,大衆割烹三州屋 六本木店
六本木の東京ミッドタウンから10mも離れていない場所、小路に建つ店が六本木の三州屋です。創業は1976年で、暖簾分けの中では三州屋で最も新しい(と言っても45年前)お店です。
なんと年中無休です。神田店で給仕を担当していたこともあるという女将さんが中心となり営業中。ご主人は店を引退し、日中は女将さんが切り盛りし、夜はご子息が手伝いに来ています。
障子越しにはいる日差しと、女将さんと会話を楽しむほどのコンパクトなつくり。親戚の家でお邪魔しているような優しい気分になれます。お昼から営業する無休の店ですから、祝日や日曜日など、老舗の酒場が休みがちな日は昼酒のオアシスとなります。
名物料理
ご主人が引退されたこともあり、料理の種類は整理されましたが、美味しい煮魚は健在。カレイの煮つけをつまみに、瓶ビールや白鶴のお燗を飲むのはいかが。
宴会など
小箱ですし、女将さんお一人で切り盛りされている時間もあるため、大人数の宴会には向いていません。ただ、祝日に老舗酒場の穏やかな雰囲気の中、夫婦や友人で静かに飲みたいというときには、これ以上いい店は滅多にないと思います。
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5,銀座三州屋エスコンフィールドHOKKAIDO店
2023年3月、日ハム新球場エスコンフィールドに銀座三州屋の支店が進出しました。1968年に創業した同店の名物料理を北海道でも味わうことができます。プレオープンでは鳥豆腐やアジフライなどが提供され、ビールはサッポロクラシックが選ばれました。
閉店してしまった三州屋一覧
大衆割烹三州屋本店(蒲田)
すべてはここから始まりました。筆者がはじめて三州屋の暖簾をくぐったのも蒲田の本店で、当時13歳でした。
本店は他の三州屋とはいくつか異なる点があり、他店はテーブルなどに無垢の一枚板を多用していますが、蒲田はニス塗りです。お酒も差があり、他店はみな樽生ビールはサッポロなのに対し、蒲田はキリンでした。日本酒は白鶴のほか、地酒のラインナップが豊富なのも人気の理由のひとつだったように思います。2021年2月末頃、休業から閉店へ。
大衆割烹三州屋 神田店
神田には、神田本店を含め3軒の三州屋がありました。大箱の本店は居心地がよく、土曜日の昼間は毎週、神田の三州屋から始めていたものです。2018年4月に不動産関係の理由等から閉店。
全店共通の名物料理「鳥豆腐」は、神田店の先代が開発したメニューだったと聞きました。
神田店から暖簾分けした店は多く、銀座店や六本木店もそうした一軒です。
大衆割烹三州屋 新橋店
SL広場の前、ニュー新橋ビルの向かいという最高の立地にあった三州屋新橋店。
築地で仕入れた鮪料理が人気で、ランチの刺身定食やマグロ中おち丼を求め、昼時は多くの会社員で賑わっていました。ピークを過ぎたあとののんびりとした雰囲気は、今の新橋には残されていない楽園のような居心地だったことを覚えています。2020年、酒類提供自粛等の中、閉店。
大衆割烹三州屋 日本橋店
オフィス街にあり、主に宴会利用で賑わっていた大箱の三州屋。2021年1月、営業自粛等の中で閉業。お店の人は最後まで美味しい魚料理、鳥豆腐などを揃え、踏ん張っていました。お酒を作る場所(ドリ場)が2階にあるなど、大箱ならではの設備が広いことによる使い勝手で最後は苦労されている印象でした。
ここの鳥豆腐はレタスが入り、鶏ガラで出汁をとっていたのも特徴でした。
大衆割烹三州屋 八重洲店
日本橋店とも近い場所、老舗日本酒居酒屋に並ぶ場所で営業していた三州屋。東京駅に近い店で出張者の憩いの場となっていました。混雑する店でしたが、白鶴のお燗は丁寧に湯煎でつけていました。
大衆割烹三州屋 新宿店
蒲田の三州屋から早い時期に暖簾分けし、新宿コマ劇場近くで盛況を誇った店舗。同店から暖簾分けしたお店も多かったですが現存せず。
大人のお酒好きは、いまこそ老舗へ
個人経営かつ都心立地ならではの条件で、昨今の状況の変化や再開発に対応しきれずにお店の数が減少してしまいました。
昭和の東京の酒場文化をいまに伝える三州屋。大規模な忘年会をするような時代ではなくなった今こそ、少人数で楽しい味わいある大衆割烹を飲み会の場所として選びませんか。
(取材・文・撮影/塩見 なゆ)