調布で1974年創業、郷愁を感じる酒場『寿起(すぎ)』。地方の小さな飲み屋街にありそうな木造平屋の店で、釣り好きで仙人のような大将が営んでいます。看板料理は大きくて食べごたえのある豚モツのスタミナ焼き。開発が進む調布の輝きとは無縁の、静かで心落ち着くひとときが楽しめます。
華やかな中央口と、昭和な雰囲気残る東口
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調布駅が地下化されて10年。中央口周辺で開発された大型商業施設やファッションビル、シネコンの雰囲気によって、調布のイメージは大きく変わりました。ですが、まだまだ昭和の面影を残す飲み屋街も存在します。
キラキラとしたガラス張りのビルとのコントラストを感じる昔ながらの飲み屋街は、東口にあります。駅前から少し進んだ場所にある調布百店街は、昭和31年に商店会が発足した歴史ある飲み屋街です。さらに東へ進むと、住宅街の中にポツポツと小料理屋や居酒屋の赤提灯が見えてきます。
その中でも、やきとり『寿起』はとくに古くからやっている酒場です。旧甲州街道に向けてついた袖看板の明かりが営業中の合図。
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看板に従って小道を進むと、駐車場の横に平屋のかなり年季の入った店が見えてきます。地方ではたまにある平屋の酒場も、都内ではとてもめずらしい存在です。なんだか旅行先でディープな飲み屋街に迷い込んだ気分です。
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店名は大将の名字が由来。女将さんと二人で1974年(昭和49年)から店をやっているそうです。
大将は蕎麦屋の家系に生まれたそうですが、店を継ぐことなく、船好きがこうじて競艇選手の道へ。引退後、酒場を開業し、今年で48年。長年趣味としている釣りのために、早朝から自家用車で釣りに行くこともあるといいます。まだまだお元気です。
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店は小さなカウンターとテーブル席が数卓。コンパクトな店で、主なお客さんは近隣に勤める会社員の常連さん。最近は酒場好きの若い人も来てくれるようになったと嬉しそうに話してくれます。
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ところ狭しと飾られた写真や調度品は、競艇選手から酒場へ、そして祭りに釣りにと趣味を楽しんできた大将の人生を表すものばかり。人情もまた、酒の肴です。
品書き
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お酒
樽生ビールはアサヒスーパードライ:550円、瓶ビールはキリンラガー大瓶。その他、ホッピー:400円、ハイボール:400円、ウーロンハイ:400円など。日本酒は〆張鶴、大洋盛、越乃寒梅。
料理
黒板メニューは、カモつくね:250円、とりもも:130円、煮込み:550円、焼豚:500円など。短冊で、ガツ、はつ、たん、かしらなど。
まるで、昭和にタイムスリップしたようだ。
キリンラガー大瓶
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まずはビールから。液晶テレビとアクリル板以外、2020年代を感じさせるものは見当たりません。そんなノスタルジーな空間にはキリンラガーの瓶がとてもよく似合います。乾杯。
タン、はつ、かしら
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「うちのは大きいから」と女将さん。たしかに食べごたえがあります。よくある焼鳥の甘いタレではなく、ニンニクが効いた醤油ダレをくぐらせています。なかなかのワイルドな味にビールが進みます。
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味はお任せで焼いてもらっています。つくねは塩。相撲中継の音声をBGMに、大将がゆっくりと語る世間話もあいまってあたたかい気分になってきます。
大洋盛 紫雲
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大洋盛をつくる大洋酒造は、新潟県村上市の酒蔵です。定番品は酒販店、百貨店でよく見かけるものの、この「大洋盛 紫雲」は非常に珍しく、村上市の酒販店でしか販売されていません。普通酒ながら精米歩合が55%と吟醸酒相当でつくっており、実に美味しいお酒です。村上駅前や坂町駅前、瀬波温泉では飲んだことがありますが、まさか調布で飲めるとは思いませんでした。聞けば、わざわざ新潟から取り寄せているのだそう。
新潟のお酒らしい淡麗さとまろやかさを併せ持つ、飲み飽きることのない美酒。ぜひ試してほしいです。値段の表記がないのですが、お会計時の合計金額はとても良心的でした。
味付玉子焼(500円)
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大将におすすめを聞くと、「それじゃあ、味付玉子焼をつくりましょうか」とのこと。
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蕎麦の修行をしていた大将は、なんと、今も蕎麦屋で学んだ出汁とっているそうです。そんな出汁をつかった玉子焼きはふっくら、しっとりと仕上がっています。まさしく、蕎麦屋の玉子焼きそのものです。ほんのりと甘くかつお出汁の旨味がしっかり感じられます。これは絶品。
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魚を釣ってきたら店で振る舞うこともあるから、また来てね!笑顔で話す大将と支えてきた女将さんの人柄に、いつまでも飲んでいたい気持ちを抑えつつおいとましました。
いぶし銀の酒場にかかる縄のれん、ふらりとくぐってみませんか。
ごちそうさま。
(取材・文・撮影/塩見 なゆ)
店名 | 焼鳥寿起 |
住所 | 東京都調布市布田2-24-2 |
営業時間 | 17:00~22:00(月定休) |
開業年 | 1974年 |