2022年に創業120年を迎えた、函館、谷地頭の酒販店『古西商店』。地元の人は店の歴史から「酒保」の愛称で親しまれています。谷地頭温泉帰りの人々がお風呂上がりの一杯にと、同店へ立ち寄ります。この道60年の女将さんとご主人が優しく迎えてくれる、函館の隠れた名店です。
目次
市電に乗って飲みに行こう!戦前建築の酒屋さんの「もっきり」へ
北海道にも少ないながら、酒販店の店頭でお酒が飲める「角打ち」営業をする店があります。なお、角打ちは九州の方言が由来の言葉で、北海道では「もっきり」と呼ぶことが多いようです。人口25万人、道南地域を代表する都市・函館には、現在も4軒(Syupo調べ)の角打ちが営業中です。
かつて、函館は今以上に角打ちがあったそうです。函館駅前の酒販店の三代目の話によれば、本州と北海道を結び、昼夜を問わず航行していた青函連絡船に関連する需要が高かったようです。港町に角打ちが多いというのは、神戸や横浜、門司などとも共通性を感じます。
そのうちの1軒が、今回訪ねる『古西商店』です。函館駅前から函館市電(路面電車/トラム)に乗って、終点の谷地頭(やちがしら)電停下車。電車を降りたら、正面に店が見えます。ここ谷地頭には明治15年から続く谷地頭温泉があり、今も昔も地元の人々の憩いの場です。
温泉に入ったあとは、牛乳もよいですが、お酒も一杯飲みたくなるというものです。谷地頭電停前の古西商店は、温泉帰りの人々が市電に乗る前に”一杯ひっかける”店なのです。
築約90年の建物で「もっきりを楽しむ」
外観
創業は今から120年前の1935年(明治35年)という歴史ある酒販店です。1934年(昭和9年)の大火にのまれ全焼するも、同年に東京から大工に来てもらい、千葉の材木を取り寄せ建て直したという店舗兼住宅が今も現役です。店構えが近代的な理由は、津軽海峡から100メートルも離れておらず、潮風が吹き付ける立地なので外観は幾度もの修繕が行われてきたため。
入口の看板に書かれている「酒保 古西商店」。三代目店主で店を切り盛りする女将さんの話によると、戦時中、函館山の軍事要塞にて商売をしていた頃からの呼び名だそう。※酒保とは旧日本軍内の売店のこと。
内観
店の入口は、木造の扉が現役で使われています。歪みがなくいまでに軽い力でスルスルと開いたことに驚きました。こうして店内へ。
だるまストーブが鎮座する、広い土間の売り場に、ベンチが用意されています。
戦前に建てられた当時から変わらない造りといいますが、天井が高く広々とした空間は、さすが酒販店といったところでしょう。現在78歳の女将さんは、「幼い頃は大勢の人を抱えて、店内に入り切らないほどのお酒を朝晩問わず販売していました」と、往時の思い出を話してくれました。
ご主人は酒屋にお酒を卸す酒類問屋の営業マンだった方で、ご縁があって結婚。お子さんたちはそれぞれの道を歩み、酒販店は夫婦ふたりで切り盛りされているそうです。
かつて、今まで以上に特約店制度の影響力が強かった時代、店を並ぶお酒のラインナップが酒屋さんの「箔」となっていました。櫻正宗、剣菱、松竹梅(宝酒造)、江井ヶ嶋酒造などの一流メーカーの特約店だった『古西商店』は相当な有力店舗だったに違いありません。
店の至る所に、酒類メーカーのノベルティや特別なお酒が飾られており、店を訪れる人々を見守っています。
飲めるお酒(品揃え)
ビールはサッポロを中心に、瓶ビール大瓶(サッポロ黒ラベル・サッポロクラシック):390円。缶ビールは500ml缶(アサヒスーパードライ・サッポロ黒ラベル):315円、350ml(アサヒスーパードライ・サッポロ黒ラベル・サッポロクラシック):245円。
ビールテイスト新ジャンルで、350ml缶(クリアアサヒ・キリンのどごし<生>):160円。RTDはキリン氷結各種:160円。
桃川1合:240円、月桂冠:230円。
日本酒は一升瓶からコップもしています。那波商店(秋田県土崎)の銀鱗や、灘の櫻正宗など、もっきり1杯200円台と大変にリーズナブルです。
女将さんが終始話し相手になってくれる、あったかい店内で
「だるまストーブの横へどうぞ、まだ寒いね」など、ハキハキとした口調で、それでいてとても和やかな印象で話し相手になってくれる女将さん。
銀鱗(200円ほど)
「みんな温泉に浸かって、帰りにうちによってくれるの」
酒屋としての営業は朝からやっていますが、もっきりは15時過ぎからのようです。時刻はちょうど15時。私が一番乗りだったようです。
お酒は土崎の「銀鱗」(200円ほど)をお燗にしてもらいました。お燗はレンジ加熱ですが、酒販店で燗をつけてくれるだけでもとても嬉しいものです。はじめて飲む銘柄ですが、米のシンプルな旨味を感じる飲み飽きないお酒でした。
櫻正宗(200円ほど)
続いて、櫻正宗を。櫻正宗といえば神戸・灘の銘酒。他の酒蔵ほどプロモーションはしていませんが、東京の老舗ではお馴染みのお酒で、筆者はとても気に入っている蔵のひとつです。日本酒につける名称の「正宗」の元祖であり、協会一号酵母がうまれた蔵として、日本酒の歴史上、とても重要な酒蔵です。
こちらは常温で。強い風で刻々とかわる空模様に、店内に差し込む日差しも目まぐるしく変化する中、函館の飲食店や酒類に関するお話を女将さんに聞かせてもらうひととき。いつも以上に櫻正宗が美味しく感じます。
雪印6Pチーズ
店内の乾き物はおつまみとして食べられます。角打ちではお馴染み、ロングセラーのプロセスチーズをつまみながら、心地よくほろ酔いになりました。
角打ち好きならば訪ねる価値ある1軒
ご贔屓先も多かった歴史ある酒販店なので、女将さんのお話の幅は多岐にわたり、大変勉強になりました。
90年モノの木造建築ならではの風情、手頃なお酒、海近くの市電の終着駅前など、シチュエーションだけでも大変素晴らしいです。そして、優しくもてなしてくれる大将と女将さんの人柄がなによりの思い出に残りました。
これからも末永くお元気で!
ごちそうさま。
(取材・文・撮影/塩見 なゆ)
店名 | 古西商店 |
住所 | 北海道函館市谷地頭町25 |
営業時間 | 15:00頃~18:00頃(酒屋としては朝8:00~・日定休) |
開業年 | 1902年 |