アメリカのほぼ中央に位置するシカゴから、東海岸・ニューイングランド最大の都市ボストンまで、1000マイル(約1,600km)をお酒片手に列車で旅をする旅行記です。車なら15時間、航空機ならば3時間ほどで行ける旅路を、21時間かけて移動します。長いのに短く感じる、一生の思い出になるような体験でした。
(取材時期:2019年秋)
目次
どんな列車に乗るのか・Amtrakとは
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(Washington Union Stationの壁に書かれたAmtrak年表)
海外では見直されつつある長距離列車
夜行列車で飲むお酒の美味しさは格別です。旅情という名のおつまみは、経験した人でないとわからないと思います。新幹線で飲むのも好きですが、夜行寝台列車で横になりながら星空と流れる車窓を眺めて飲むことは遥かに価値ある体験と思います。
魅力的な夜行列車ですが、残念ながら日本では減少が続き定期列車は1往復のみになりました。ですが、海外に目を向けてみると、欧米では環境意識の高まりから夜行を含む長距離列車が見直されています。とくにヨーロッパでは昨今の状況下であっても、既存の夜行だけでなく新設される列車(系統)もでてきているようです。アメリカは、アムトラック・ジョーの愛称を持つジョー・バイデン大統領が約2兆ドルのインフラ整備計画を発表し、アメリカの鉄道は今大きく変わろうとしています。
アムトラック・ジョーのアムトラック(Amtrak)とは、1971年に連邦政府によって設立された全米鉄道旅客公社のこと。運行形態や設立経緯は異なりますが、イメージとしては日本の旧国鉄のような組織です。
ボストン、ニューヨーク、フィラデルフィア、ワシントンD.C.を最高速度240km/hで結ぶ高速列車や地域輸送のほか、10数本の夜行列車を全米で運行しています。
アメリカの半分を横断する列車
北米開拓のロマン的な「アメリカ横断鉄道」を1本の列車で乗り通すことはできませんが、乗り継ぐことでカリフォルニアなどの西海岸からニューヨーク等の東海岸まで列車で移動することも可能です。ただ、それはあまりに時間がかかるので、今回は、アメリカの中央に位置するシカゴから、東海岸のボストンまで、アメリカ大陸の半分を飲みながら移動しようと思います。
乗車する列車は、レイクショア・リミテッド号(Lakeshore Limited)。列車名の通り、五大湖のひとつ「エリー湖」沿いを東西にひた走ります。
旅のはじまりは、ミシガン湖畔の大都市シカゴ
湖と川と摩天楼の街
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ニューヨーク、ロサンゼルスに次ぐ人口第3位の大都市であるシカゴ。日本からは成田国際空港からANAの直行便が就航しており、約12時間でシカゴ・オヘア空港に着きます。
ミシガン湖畔には、世界最古の鉄筋高層ビルや超高層ビルが立ち並び、近代建築の宝庫として知られています。建築・都市文化に興味がある筆者は、首が痛くなるほど上を見上げていました。
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シカゴで一番高いビル「ウィリスタワー(Willis Tower)」にあるスカイデッキシカゴからの中心街ループ北側の眺め。摩天楼発祥の地と言われるだけある、圧巻の光景です。
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レイクショア・リミテッド号の発車は夜9時頃。夜行列車に乗る前は、居酒屋で飲むに限ります。ループにある居酒屋「Ajida」で、焼鳥と枝豆で小腹を満たします。キリン一番搾りで乾杯!
映画でおなじみ、ユニオンステーション
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シカゴをテーマにしたハリウッド映画やアメリカドラマは多数。街中を歩いていると見覚えのある建物や景色があちこちにあります。
Amtrakのシカゴのターミナル駅「ユニオンステーション(Union Station))」もそのひとつです。
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シカゴ滞在中、何度か利用しましたが、広く快適な駅。窓口はやや狭く乗り場への導線は複雑ですが、大待合室「グレート・ホール」は天井が高く開放感に満ちています。
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ホール内にある大階段は禁酒法時代をえがいた映画「アンタッチャブル」のラストシーンでおなじみ。もちろん、取材時は鉄道警察隊が警備し治安は良好でした。
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列車の発車は21:30。1時間前には駅構内の寝台列車の個室及び1等車利用者向けの待合室へ行き、無料のスマートウォーターやジュースを飲みながら案内を待ちます。空港のラウンジのような場所です。
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発車20分前になって駅員さんが案内を始め、乗客たちはぞろぞろと通路を降りていき、地階にあるプラットホームへと向かいます。アメリカの主要駅は日本やヨーロッパと違い、乗車直前までホームへ入れません。そのためか、旅客ホームというより車両基地のような雰囲気です。
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巨大なディーゼル機関車が爆音をたててアイドリングをしており、長距離旅を前にした高揚感的なものは一切なく、一刻も早く車内に入りたい気分です。
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シカゴで正面が見れなかったので、降車後のボストンでの一枚。終点まで先導してくれた機関車です。無骨ですが、意外と新しい雰囲気。
初日夜9時、レイクショア・リミテッド乗車
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どうやら私の乗車予定の車両は1番先頭の機関車側のよう。ゲートは列車の最後尾寄りにあり、10両ほどある長い列車の横をひたすら前へ。ステンレス製の客車はデザインは古いですが、1990年代にできた車両だと聞きました。
乗車位置までいくと、中から寝台車専属のアムトラックの制帽をかぶった人が登場。のちに色々列車について教えてくれた、ボストン在住のベテランの車掌さんです。トランクケースを持ち上げるのを手伝ってくれ、身分証としてパスポートと乗車券情報を提示すると、フランクに握手してくれました。21時間、お世話になります。
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列車は個室寝台車両(車掌さんの説明ではビューライナー・スリーパーという車両)と、座席車(アムフリート)、食堂車、カフェカーが連結されているそう。寝台車はボストン行きは1両のみ。途中で切り離すニューヨーク行きは2両繋いでいました。
私の個室、ビューライナー スリーパー・ルーメット(Roomette)
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寝台車はすべて個室で、タイプは2種類。利用したのはルーメットと呼ばれる標準的な個室です。向かい合わせ状に配置された椅子は引き出すとベッドになります。
一人で利用していますが、個室の定員は2名です。赤いバッグを置いているピンク色の台は階段になっており、上段のベッドへのアプローチになっています。
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階段の縦方向のプレートを手前に引くと洗面台がでてきます。収納時の傾きを利用し奥へ排水するおもしろ設計。さらに階段一段目の天板を上にあげるとトイレに早変わり。コンパクトな部屋に機能がつまっています。なお、シャワーは共有です。
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FRPと金属に、ベッドやカーテンはアムトラックのコーポレートカラーの紺をつかった内装は、とても寒く無機質。SF映画の宇宙船みたいです。お水、お菓子、アムトラックの案内などが用意されていました。
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上段のベッドはベッドメイキング済み。取っ手を操作することで降りてきます。私はソファはそのまま残し、就寝時は上段を使用することにしました。上段にも窓があるので、眺めの良さはビューライナーの名前の通り。
車内散策へ
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隣は機関車です。頑強でタフなアメリカンな鉄の塊。結構ノイジー。
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もうひとつの個室タイプ、1両に2部屋しかない「ベッドルーム(Bedroom)」。名称がずいぶんストレートですが、アムトラックの最高グレードとのこと。予約している乗客はこの先の駅で乗車予定だそうで、室外からですが車掌さんが中を見せてくれました。さすが、ルーメットよりも快適そう。ベッドは横向きで正面左にはシャワー室も完備しています。
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こちらはアムフリートという、一般的な普通車。これで21時間はかなりの冒険になりそうです。(シカゴ発車後は混んでいたので、翌日撮影)
カフェカーで駆けつけ一杯
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個室寝台と座席車をわける位置に連結されているカフェカー。ここではアルコール類や軽食を販売しています。飲むのが目的なのですから、まずはステラアルトワ(ベルギービール)で乾杯!
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車掌さんのサイン入りのカード。カフェで提示すると飲み物1つと交換するとのこと。ステラはウェルカムドリンクでした。
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ビールはステラアルトワと、コロナビール、バドライト、Stone IPA、アンバービールのFAT TIRE。カリフォルニアワインが赤、白に、ハードリカーはバーボンやウォッカ、ラム。カフェカーの売店としてはなかなかの品揃えだと思いませんか。
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時刻は夜11時頃。こんな時間からホットドッグもどうかと思うので、野菜スティックをおつまみに、夜行列車の流れる光の車窓を眺めます。
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自室に戻ってきました。
アメリカでは多くの地域で公共の場での飲酒は法律等で規制されています。アムトラックも同様で、食堂車やカフェカー以外では原則飲めません。車掌さんに聞くと、個室寝台はご自由にどうぞ、とのこと。さっそくバドライトを数本買って、居酒屋で包んでもらった枝豆をつまみに、飲み直し。そのまま就寝モード。Zzz
2日目の朝
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ぐっすり寝て、気持ちのいい朝。列車はクリーブランドを過ぎ、順調にエリー湖沿いを真東に進んでいます。
大きな揺れもなく、日本よりも硬い乗り心地で軽快に飛ばしています。機関車の警笛が多少きになる程度でしたが、それも夜行列車の魅力の一つ。上段ベッドを上にあげ、身支度を整えて食堂車に向かいます。
アメリカでも貴重な食堂車
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高い天井と二段の窓。そこから差し込むペンシルベニアの朝日。
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朝食はビッフェスタイルです。パンやヨーグルト、コーヒー、紅茶など。
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朝はコーヒーとブルーベリーのスコーンで健やかに。いえ、お酒を買いたかったのですが、朝は提供していないようで…。
食堂車を連結する列車は少なくなる一方なのだと車掌さん。長い汽車旅には欠かせない存在なのですが、寂しいですね。
バッファロー・ドピュー駅に到着
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時刻は8時50分、久しぶりに駅に止まりました。しばらく停車するとのこと。
皆さん外の空気を吸いに列車を降りるので、私も車外へ。海外の列車で不要に車外に出ると突然発車してしまうとか、荷物の盗難問題とか不安がありますが、入り口に車掌さんもいるので安心して、空を眺めます。
エリー郡の都市バッファローのアムトラック駅。屋根もほとんどなく静かな駅ですが、ここはナイアガラの滝の玄関口。シカゴからの観光客が結構下車していきました。入れ替わるように座席車へは日中利用の乗客が乗り込みます。
部屋でお昼のシャルドネ
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カフェカーの車販スタッフの方にすっかり覚えられ、下車するまでに全種類飲む?のような冗談を言われつつ、苦笑いでカリフォルニアワインを購入。
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一晩寝れば、この個室はすっかり私のお城。スタタン、スタタンとリズムに乗って、色づいた広葉樹の中を揺られます。
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昨晩に続いて、再びの生野菜。だってピザやハンバーガーは重たそうなのですから。ランチもありますし。
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アムトラックは定時運転するほうが珍しいなんて言われているそうですが、いまもオンタイム。天気がよく車窓もきれい。エリー湖の湖面といい、車窓には水辺が多いです。
車の旅は飲めないし、グレイハウンド(高速バス)は車内を散歩できません。飛行機だとワープしたみたいになるので、北米の大地を飲みながら満喫するにはアムトラック一択ですね。
再び食堂車へ
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アムトラックの食堂車メニューがこちら。ビールはカフェカーとラインナップが違います。バドライト($6.50)、ハイネケン($7.50)メーカーズマーク($9.00)などなど。
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残念ながら、レイクショアリミテッドでは最近の合理化で料理の車内調理は簡略化され、冷凍食品のレンジ加熱になってしまったそう。パスタ、チキン、ヌードル、牛肉の赤ワイン煮など。
食事は、二日目の朝食、昼食、夕食はチケットに含まれているので、ここでの会計はアルコール代のみ。
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食事はアメリカンな冷凍食品の味。ですが、車窓と食堂車の雰囲気がとてもよく、なんだか夢見心地。まだ7時間近く乗るのですが、全然OK!こういう時間を楽しむために来たのですから。
流れる車窓をつおまみにして
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自室に戻って、赤ワインからのバーボンへ。
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ペプシで割ってみたりして。
この丘陵地帯がどこまでも続く気がしてきます。地面の上を移動することではっきり感じるアメリカの広さ。
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車掌さんが夕飯の希望を聞きに来てくれました。個室寝台では全員に聞いてまわっているそうです。
15時頃、列車はこの先のAlbany-Rensselaer駅で、ニューヨーク行きとボストン行きを切り離します。食堂車はニューヨークへ行ってしまうため、寝台の乗客へは17時頃車掌さんが持ってきてくれるとのこと。
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平麺のサーモンクリームスパゲッティ。
なにか飲み物はいる?ステラが美味しかったです。という会話のあと、ステラまで持ってきてくれました。サービス満点。
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さらに、カフェカーが閉まるから最後にどうですか?と聞かれ、もうひとつ。
「日本人は列車でお酒を飲む習慣があるのか?」と聞かれ、イエスと答えました。なんでも、日本人の乗客で同様のことをされている方が多いみたいです。
オールバニーでニューヨーク行きを切り離し、しばらくするとマサチューセッツ州です。
これまでの平坦な区間から山岳区間へと入っていきました。山を抜け、家が増えてくるといよいよ大陸横断(半分)旅もフィナーレです。これまでわずかなアムトラックの都市間列車や貨物列車としかすれ違わなかったのが、通勤列車(MBTA)の姿が見えてきます。途中駅が増え始め、遠くに高層ビルが見えてきたら、列車は都市の外縁を南側へ迂回するように回り込みます。北東回廊本線と合流すると、終着、ボストン・サウスステーションです。
終着駅、ボストンサウス駅
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時刻は19:52。これだけの長距離列車にもかかわらず定刻に到着しました。
降りる際、車掌さんにご挨拶を。とってもお世話になりました。お礼の気持ちを渡し、快適な旅の感謝を伝え、いざボストンへ。
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サウスステーションはボストンの巨大ターミナル。1899年に完成した、アメリカ鉄道全盛時代の建造物。当時世界最大の鉄道駅と言われたとプレートにありました。巨大なホールにはキオスクや飲食店もあります。
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駅構内ではドラフトビールを提供するクイックなパブも。30種類近くタップがあり、日本ならばちょっとした有名店になるでしょう。アメリカのパブは素晴らしい!当然IPAを1パイントくらいは飲んでいきます。
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ボストンサウス駅は、ボストン中心街の真正面。便利な場所にある歴史を感じる駅舎です。
長距離寝台列車の旅はお酒片手に
乗客は親子二人旅だったり、年配のご夫婦の旅行だったり、ヨーロッパからの観光客だったり。個室は埋まっていました。
これだけ1つの列車に乗り続けたのははじめてです。ですが、ほとんどの時間は寝ているか飲んでいるかで、時間はあっという間に過ぎました。乗り足りない…ということはさすがにありませんが、長く退屈という印象はありません。
終始、アメリカの大きさと汽車旅のお酒の美味しさに浸り続けた21時間でした。
再び安心して旅に行ける日が待ち遠しいですね。
(取材・文・撮影/塩見 なゆ)