白神山地を眺める能代。日本海から吹き付ける強風から街を守る日本最大級の黒松林「風の松原」で知られています。今日は、そんな風の街・能代で半世紀続く老舗酒場「千両」を目指します。
暑い日だから酒場へ行きたくなる。気候のいい日は飲みに行きたい。そして、真冬の北東北へ、寒いからこそ飲みに行きたい。様々な季節で酒場の感じ方はかわります。真冬、北東北の酒場で地ものを肴にお燗酒を傾けるひとときなんて、言うまでもなく最高でしょう。
秋田と青森を結ぶ特急も走る幹線・奥羽本線は、東能代駅にやってきます。そこから5キロほど中心街は離れており、ローカル列車が走る五能線に乗り換えひと駅乗る必要があります。そうして降り立った、能代の玄関・JR能代駅。駅員さんもいる立派な駅で、通勤通学の時間帯は東能代まで1駅を結ぶ連絡列車も走っています。
さっきまでの吹雪がぱっとやんで、静寂に包まれた能代の街。空の色は目まぐるしく変化し、しばらくしたら細かな雨粒が霧のように吹いてきました。
駅から5分ほど。周囲に明かりはすくないです。メインの繁華街・柳町とも少し離れているため、周囲に飲食店はほとんどありません。
風が強い氷点下の夜。心細いところにぱっと灯る行灯は、まさに救われる気分です。
暖簾を挟んだ二重の扉を入ると、さらに重厚な扉が現れました。ここで靴を脱ぎ、「入口」の札がついた重たい木戸の向こうへ。
あぁ、なんて素敵なんだう。眼の前に広がる畳と立派な梁のある眺めにうっとりします。代替わりをされ、若いご主人が迎えてくれました。
創業半世紀。小さなカウンターだけのお店として始まった「千両」。いまの店舗になってからが長く、いたるところに年輪を感じます。重厚な造りが北国らしいです。
足先の冷たさを感じて歩いてきた酒の道。暖かな店内で、掘りごたつ形のカウンターに座り落ち着くと、緊張がみるみるうちに溶けていきました。
お酒は秋田の高清水。瓶ビール(大びん/600円)はサッポロ黒ラベル、アサヒ、キリン。生ビールではアサヒスーパードライが楽しめます。
冬の乾燥は、ビールを一層おいしくさせます。コートを脱いで一息ついたら、真冬でも最初はやっぱりビールから。ビヤタンを満たして、では乾杯!
東北第五の大河・米代川が日本海へ流れ込む場所がここ能代。栄養豊富な水で育つ海産物が魅力です。鮎などの川魚や、この地で古くから食べられている馬肉料理も能代の味。風土の味がずらりと並ぶ黒板メニューに惹かれます。
定番料理は、馬肉ステーキを筆頭に、ホルモン(焼肉)など。通年の鍋物には身欠きにしんやさくら鍋など。旬にはじゅんさい鍋を求めて訪れる人が多いです。
夜のみの営業ですが、定食や丼、うどんもあります。定番のお酒は高清水で2合500円。地元の能代のお酒は 喜久水酒造の喜三郎など。なんと、秋田・能代の地でホッピーの文字を見つけました。
お通しは、地の魚介をつかった小鉢。今日はミズダコの柔らか煮です。あっさり出汁とみりんの風味が、タコの旨味を引き立てます。
相当立派なぼたん海老(1,000円)。4尾も食べきれないかもしれないと思うほど、大きくいです。そして味が抜群にいい。
日本海から北海道にかけてぼたん海老は今が旬。鮮度抜群。ヒゲも足もぴんとし、ミソは爽やかな甘い香りがします。クセがなく、心地よい磯の甘みが余韻に残ります。そこにすかさずビールや日本酒をきゅっと合わせれば幸せです。
そうしている間に、用意ができたきりたんぽ鍋(1,500円)。一人前から注文可能で、「1人鍋も大丈夫ですよ」とご主人。きりたんぽは、鹿角市が発祥、大館市が本場の、誰もが知る秋田の郷土料理です。秋田市中心街でも食べられますが、昔から愛されてきた県北でつまむのはまた格別です。
セリの根がたっぷり。これが美味なんです。比内地鶏やハタハタのつみれ団子からよい出汁がでて、根菜が”シミシミ”に染みています。思わず「へへっ」って声が出そうなくらい楽しくなってきました。
上燗ほどにつけられた高清水。秋田の料理に、秋田酒類の定番酒、精選高清水があわないはずがありません。一本、また一本とお酒が進みます。
口開けで入り1人飲んでいたら、次々とお客さんがやってきて8割ほど席が埋まりました。地元のお酒好きお父さんグループや、今日水揚げがあったハタハタを食べに来たというミセス二人組など、お酒と肴が大好きな地元の人が集う酒場です。
地元の人々の会話をBGMに地のものを食べて飲んで、風土に浸る楽しい時間でした。皆さんも、能代の「千両」を訪ねてみてはいかがでしょう。
心も体も暖まり、足取り軽く店をあとにします。
ごちそうさま。またどうぞ。
(取材・文・撮影/塩見 なゆ)
千両
0185-52-5586
秋田県能代市富町15-16
17:00~23:00(日定休)
予算3,000円