秋田の食文化は、ハタハタやきりたんぽに代表される個性豊かな顔ぶれ揃い。山あり、海あり、そして里の歴史もあることから多様な料理やお酒が魅了します。
郷土料理を看板に掲げるお店は数多い。ただ、ノンベエとしてはあまりわさわさとした場所ではなく、どこかしっぽり飲めるお店を探したいもの。そうしてやってきたのが「秋田乃瀧」。秋田駅から路線バスで7分ほどの距離にある昔からの歓楽街・川反沿いの老舗です。
東京からは秋田新幹線で乗り換えなしで最速3時間37分。遠く思えて、案外近い。新幹線も駅も新しくなり快適な旅路です。秋田の夏の風物詩「竿燈まつり」の竿燈が迎えてくれます。
駅ナカや駅周辺にも郷土料理店が並び、出張のビジネスマンや家族連れで賑わいます。
そこで満足できないのが酒飲みの性。川反を目指し、雪道を進みます。川を渡れば川反ですが、この川の名前は旭川。そして川反と書いて「かわばた」と読みます。地元では当たり前でも、こういう土地の呼び名もおもしろい。
まるで昼の世界と夜の世界を繋ぐかのような「すずらん橋」。渡ると高清水の看板に迎えられ、歓楽街のムードに染まります。
芸者置屋と料理屋が集中した川反の中心地がこの界隈で、現在も古い飲食店が軒を連ねています。ただし、お昼はうなぎ店など一部のほかは完全に寝静まっているので、時間を改めてきます。
目指すは「秋田乃瀧」。渋い店構えの二重扉です。駅前ほど人通りはなく、秋田最大の歓楽街とはいえ、騒がしい店から離れた「しっぽり」という言葉がぴったり当てはまる町並みの店。
創業から半世紀。お客さんは秋田の肴でしずかに飲みたい地元客や、出張慣れしたサラリーマンが中心です。
女将さんが迎える奥に長いカウンターと、その先には小上がりというつくり。二階には座敷もあるようです。そとは寒くとも、秋田の言葉はあったかい。土地の言葉で迎えられ、コートを脱いでほっと一息。昔からある雪国の飲食店にあるどっしりした造りは実に安心感があります。
いらっしゃい。何を飲みますか?
“ヱビスビールあります。”のポスターに誘われて、一杯目はサッポロヱビスの樽生で。それでは乾杯!
寒さと緊張がすっとほぐれていくのがわかります。
生ビール(500円)はアサヒ、キリン、サッポロ、サントリーと4社の樽生すべてを揃えています。チューハイが400円で日本酒高清水が350円という値付けがいかにも秋田らしい。酒の産地では、たいてい日本酒がお酒の中で一番手頃になっています。
秋田乃瀧から高清水を造る秋田酒類までは2キロほどの距離。まさに土地の酒です。
お通しの小鉢は地元で取れた長芋の和物。そして、酒の肴にとハタハタ寿司をお願いしました。ヱビスを飲み干したら、この顔ぶれならば絶対にお燗酒でしょう。
自家製のハタハタ寿司(450円)。滋賀の鮒ずしのように、伝統的な漬物としての寿司。頭、内蔵をとりだして米や野菜をつめてゆず、塩、酢などで味をつけた郷土料理。昔は山間部でも海産物が食べられるようにと、長期間もつことからハタハタ寿司は重宝されたそうです。ハタハタの漁獲量が減った現在では高級品ですが、昔はトロ箱に入らないほどだったとか。
旨味が濃厚で余韻はすっきり。日本酒同様、醸した肴なので合わないはずがありません。クサミはなく、ただただ、お酒を飲ませるおつまみです。
比内地鶏にハタハタ料理、ぎばさにとんぶり。定番の郷土料理が並びます。
大衆酒場なので、その他の肴もずらり。秋田料理はあるけれど、無理に拘っていない感じが好きです。お刺身盛り合わせは秋田周辺の漁港の魚が盛られ、それで850円は良心的です。
石焼桶鍋は男鹿半島の名物料理。桶いっぱいのエビやタラなどを入れ、そこにカンカンに熱した石を落とすというもの。きりたんぽもくじらかやき鍋もどれも食べたい。やっぱり秋田は寒い季節の料理のほうが充実しているかもしれません。
日本酒は純米・吟醸系は地酒で人気、本荘の雪の茅舎、横手の阿櫻と天の戸。いずれもフルーティーなお酒が揃います。3杯あわせて1合ほどだそうで750円。
とはいっても、やはり古き良き歓楽街の酒場では、普通のお酒が一番しっくりきませんか。高清水の定番。毎晩飲むなら飽きの来ない高清水の普通酒で。酒燗器でじっくり湯煎で暖めたお酒は、吹雪く秋田の夜でも優しく心を包んでくれるよう。
冬の秋田といえば今が旬、脂がのったハタハタのしょっつる鍋です。秋田弁のしょっつるは塩汁の意味。
旨みたっぷりの魚醤に旬のタラと魚醤の原料でもあるハタハタをごろんと入れ、豆腐や水菜と一緒に軽く煮込んだもの。
このハタハタが他の魚には似た味がないような不思議な脂の旨味をたっぷり蓄えています。その出汁が野菜にも染み込み、心地よい塩気と甘みが強烈にお酒を誘います。
ハタハタの卵、ブリコ。ぷりぷりというより、名の通りブリブリした食感。ふちっと潰すとたまらない旨味が広がります。以前は大量に獲れたので特別なイメージが薄いハタハタですが、このブリコは間違いなく絶品の珍味です。
燗酒を何合おかわりしたことか。いぶりがっこをつまみに、ゆっくりと秋田の夜は更けていきます。ときどきやってくる常連さんが扉を開けると、ひゅーっと冷気が吹き込み、そしてすぐにまた温くなる。雪国の冬の酒場ならではの風情です。
人情いっぱい、人懐っこさたっぷりの老舗酒場です。旅先の醍醐味は地元の人との交流でしょう。地元の人と同じ空間を共有するという価値は現地にしかありません。
ごちそうさま。
(取材・文・撮影/塩見 なゆ)
飲みすぎてストールを忘れてしまったものを、ホテルまで届けてくださった女将さん。ありがとうございます。大変助かりました。
秋田乃瀧
018-824-1010
秋田県秋田市大町3-1-15
17:00~23:00(日定休)
予算3,000円