酒田「ケルン」 カクテル・雪国を生んだバー。井山さんの一杯で旅情に浸る。

酒田「ケルン」 カクテル・雪国を生んだバー。井山さんの一杯で旅情に浸る。

オーセンティックバーが好きです。数軒、酒場をはしごしたあとは、いつもバーを探しています。

日本には「オーセンティックバー」というジャンルが確立され、銀座に限らず北海道から沖縄まで、全国の主要な街で楽しむことができます。不思議なことに洋酒の本場である西洋は、ホテルバーはあるものの、日本のようなオーセンティックバーは多くはありません。

日本のバー文化は、茶道に似た「定型の美」によって、日本で独自に花開いたものではないでしょうか。

各地には、いつしか伝説の店と呼ばれるようになったバーがあり、そこを巡るのも旅先の酒場巡りの楽しみです。

山形県の日本海側にある人口約10万人の街・酒田にも、伝説のバーが存在します。1958年誕生のスタンダードカクテル「雪国」の生みの親である井山計一さんが現在もシェイカーを振る「ケルン」です。

 

冬の日本海側は、天候が目まぐるしく変化し、地吹雪が吹き荒れます。交通手段である鉄道や空港もこの気候に左右されるなか、それでも、力強く使命を持って都市をつなぐ列車は走ります。酒田駅のホームに降り立つと、そこは一面の銀世界が広がっていました。

 

まさに「雪国」となる酒田。駅前の寿司屋もスナックも老舗の酒場も、雪化粧なんて素敵な表現をこえ、凍りついているように見えます。それでも、ここは古くから北前船で栄えた街。酒の文化は根強く、日が暮れる頃には行灯が灯り、長靴を履いたお父さんたちで賑やかになります。

 

現役の穀物倉庫、山井倉庫は「商売の歴史」を今に伝える街の”厚み”です。物流があり、米があり、人が集まる。すると、酒と酒場は自然と成熟していきます。

 

ケルンを目指して羽越線でやってくる人は多く、お酒好きの間では「ケルン」は立派な旅の目的地。栄えた酒田の面影を伝えるよい佇まいです。日中はマスターの長男、井山多可志さんが喫茶店として昼の営業をおこなっています。創業時から、「喫茶&バー」がスタイルです。

 

時刻は19時。タクシーの運転手さんに「ケルン」と言えば、すぐにわかった様子で、店の前に寄せてくれました。

 

1955年(昭和30年)創業。1976年(昭和51年)に酒田大火が発生し、現在の場所には2年後の1978年(昭和53年)に移転し、営業を再開しています。カウンターが数卓と、テーブル席が充実。店内はバーとしては明るく、喫茶店の雰囲気です。

 

この日は、伝説のバーを求めて、全国のバー好きが私を含め3名、カウンターの席につきました。チャームが出るほかは料理はなく、ケルンのオリジナルカクテル7種類の品書きがそっと置かれています。加えて、スタンダードカクテルも当然楽しめます。

 

日本最高齢の現役バーテンダーのマスター・井上さん。1926年(大正15年)生まれ、92歳の元気な”マエストロ”。お手伝いのスタッフ2名と一緒に、今日も滞りない手付きで、カクテルを注ぎます。

 

「日いちにちか 酒味の続きか 年の数」と書かれた川柳。これは昔からずっと毎日書き換えているそうで、「雪国」という名も、川柳の中から浮かんだ言葉です、とマスター。

 

スタンダードカクテルは、洋酒の本場で生まれたものがほとんどです。例えば、定番のジンフィズは19世紀末、ニューオリンズの「インペリアル・キャビネット・サロン」で生まれたなどがあります。このように、スタンダードカクテルとなったレシピ発祥の店で飲めることなど、まず、ない訳ですが、雪国は違います。

 

いま、こうしてその場に居て、創作したマスターご自身が振ったシェイカーから注がれた一杯が飲めるのですから、それはとっても素敵なこと。

 

第一回寿屋(現在のサントリー)主催・カクテル・コンクールでグランプリを獲得した「雪国」。ウォッカ、ホワイト・キュラソー、ライム・コーディアルをシェイクし、砂糖でスノースタイルに飾ったショートグラスに注いぎます。ミントチェリーがポイントです。

ケルンだけでなく、各地のバーでカクテル「雪国」をオーダーしていますが、海外を含めて、バーテンダーさんは悩むことなく作ってくれます。それがスタンダードということ。

 

サントリー社の定番商品の組み合わせでつくる「雪国」は、すっと心に伝わる優しい酸味と甘味が絶妙。雪の白さを連想させる砂糖と、その下にある息吹の緑が美しく、雪の中を訪ねてきた旅人を優しくもてなしてくれます。

 

雪国を2杯。ちょっとしたチャームをつまみつつお話は、同席の皆さんもいっしょに盛り上がります。

人によって雪国のレシピはわずかにコントロールされているそうですが、それでもしっかり酔いを感じる一杯です。三杯目はスタッフの方にお願いをしたジンフィズを飲みながら、雪国の夜のひとときを丁寧に進めます。

たいへんよい時間でした。

ごちそうさま。

 

(取材・文・撮影/塩見 なゆ)

 

【おしらせ】

ケルンのマスター井山計一さんとカクテルにフォーカスしたドキュメンタリー映画が東京で公開されます。

ドキュメンタリー映画「YUKIGUNI」
yuki-guni.jp/
1958年(昭和33年)に誕生したカクテル「雪国」 日本のBAR文化をめぐり各地のバーテンダーの重鎮たちが語るカクテルヒストリー カクテルが我々の口に届くまでの奇跡を見つめるドキュメンタリー。
2019年1/2(水)より東京ロードショー
・ポレポレ東中野
・アップリンク渋谷

 

ケルン
0234-23-0128
山形県酒田市中町2丁目4−20
19:00~22:00(月定休)
予算3,000円