新宿の路地裏に佇む、大正10年創業の『王ろじ』。諸説あるものの「とんかつ」の名付け親と言われている老舗です。名物は「カツカレー」にあらず、唯一無二の「とん丼」。フランス料理の修行をした初代の気概が詰まった一品をつまみに、キリンラガービールで乾杯です。
新宿の喧騒を離れ、一世紀の物語の中へ

打ち合わせを終えた夕暮れ時。まっすぐ帰るには少し惜しい気分で、ふと、あの味が恋しくなりました。目指すは伊勢丹の裏手。この一角は、新宿の慌ただしさから切り離されたような、穏やかな空気が流れています。
見えてきたのは『王ろじ』の暖簾。大正時代に初代がデザインしたという豚の尻尾を模した暖簾が、なんとも愛らしく出迎えてくれます。創業は神楽坂、関東大震災を乗り越え、戦後この地に移りました。いまや貴重な伊勢丹周辺の個人店です。

ここ暖簾をくぐるたびに、お店の長い歴史に触れるようで、少しだけ背筋が伸びる思いがします。
「いらっしゃい」 温かい声に迎えられ、厨房が目の前に広がるカウンター席へ。ここは、店主さんの無駄のない手さばきや、カツが揚がる音と香りを間近に感じられる特等席。大正、昭和、平成、そして令和と、東京の歴史と共に歩んできた店に身を置くと、自然と心が落ち着きます。
これが元祖の味、「とん丼」

まずは瓶ビール(キリンラガー)をお願いします。左手で持ち上げグラスを満たし、冷えたビールを一口。一日の緊張がふわりと解けていくのを感じます。目の前の厨房を眺めているのが楽しいので、スマートフォンはバッグにしまったまま。

そして、いよいよ主役の登場です。受け皿と一体になった美しい器に、子どもの握りこぶし大はある堂々としたカツのかたまりが3つ。付け合せの漬物も独特。薄切り大根と人参、ピーマンをマリネのような酸味を利かせた味でまとめています。

ソースとカレーのスパイシーな香りが立ち上り、食欲をかき立てます。

カツを箸で持ち上げると、ずっしりとした重み。ですが口に運ぶと、衣はサクッ、中のお肉は驚くほど柔らかく、ジューシーです。これはただのロースカツではありません。薄切りのロース肉を丁寧に重ねて巻くという、フランス料理の技法を応用した初代の創意工夫が、この感動的な食感を生んでいるのですね。

カツを包むカレーは、懐かしさを感じるビーフカレー。隠し味の焼きリンゴが生むという、ほのかな苦味と甘みのバランスが絶妙です。このカレーがソースのかかったカツと合わさることで、『王ろじ』でしか味わえない、懐かしい味になるんですよね。
歴史を味わう一杯

『王ろじ』は、私たちが当たり前に使っている「とんかつ」という言葉の名付け親だという説が有力なんです。洋食の「ポークカツレツ」を親しみやすい名前で売り出そうと看板に掲げたのが初代だったとか。そんな食文化の歴史に思いを馳せながら味わうとんかつは、行列店の味とはまた違った満足感があります。
今日は注文しませんでしたが、ベーコンと玉葱を炒めてから作るという西洋スープのような「とん汁」もこの店の人気料理ですので、よろしければぜひ。
新宿三丁目という大都会の真ん中で、一世紀にわたり暖簾を守り続けてきた『王ろじ』。初代の「路地の王様でありたい」という気概は、今もこの一杯に、確かに息づいています。
店舗詳細


店名 | とんかつ 王ろじ |
住所 | 東京都新宿区新宿3-17-21 |
営業時間 | 昼 11:15 – 14:30 夜 17:30 – 20:00 ※火曜日は昼営業のみ 定休日 水曜日 |
創業 | 1921年 |