長く使ってきたものは神が宿る「付喪神」という考えがありますが、飲食店も歴史のあるお店には同じような雰囲気を感じます。そこは、ただのお酒や食事をするということだけでなく、脈々と続いてきて、時代を越えてありとあらゆるお客さんがここで笑ってきた、魂の欠片があるように思えます。そして、長い歴史の一瞬に過ぎない、このひっときでも、店の椅子に座り、店の徳利を傾けていることが、じんわりといい気分に感じます。
そんな気持ちに浸れた一軒が、早稲田にある「金城庵」。1919年創業の蕎麦屋です。
日本有数の学生街・早稲田にあり、金城庵から早稲田大学は目と鼻の先という位置。老舗蕎麦屋ですが、手頃な値段でボリュームのある昼食が食べられることもあって、学生の姿もあります。昼、夜を通して大学関係者が多く、OB会と思われるご隠居さんたちはお昼からお銚子をいくつも並べています。
早稲田大学周辺には歴史ある飲食店が何軒もありましたが、惜しまれつつも閉店してしまったところもいくつか。そうしたなかでカツ丼発祥と言われていた店も暖簾を畳んでしまいましたが、それでも、この早稲田という地はカツ丼発祥の地(※諸説あります)に変わりはありません。
金城庵でも、カツ丼が名物。また、「ここの天ぷらで冷酒を飲むのが旨いんだ!」という出版関係者が知り合いにいます。
昼食時からお酒や蕎麦前はひと通り頼むことが可能。明るいうちから窓際の特等席ではベテランのお父さんたちが上品に飲んでいました。
一杯目はやはりビールを。樽生はアサヒスーパードライ エクストラコールド(620円)。瓶(中ビン620円)では、アサヒ、キリン、サッポロ、サントリーと、ビールは大手4社揃い。安心です。
では、乾杯!
蕎麦店ながら酎ハイ・ハイボールも用意があり、レモンサワー(420円)やホッピー(セット450円)といった、ノンベエ御用達の飲みものも。
となれば、蕎麦前の内容も気になります。定番は「天種」で、昔ながらの芝海老などをつかったかき揚げです。ポテトサラダ(400円)やちくわ磯辺揚げなど飲んでくださいと言わんばかりです。
蕎麦は千円前後。老舗といったも、敷居を高くしてはおらず、変わらず学生街のそば処という良心価格。名物のカツ丼は850円から。
カツ丼をおつまみに…というのは少々重たいのですが、カツ丼のアタマの部分、カツ煮にしてもらうと話は別です。柳川鍋のように平鍋で、グツグツと音を立ててやってくるのが、今日の主役です。
甘め・濃い口に味付けされたカツは、お昼酒のお供として非の打ち所がない逸品。くたくたに浸かっているようにみえて、サクっとした食感がまだ残る衣がアクセント。
カツ煮に日本酒、私は好きな組み合わせ。日本酒も数種類、老舗らしい銘柄が用意されています。定番酒は新潟の越後鶴亀、蕎麦屋といえば菊正宗、そして浦霞や峰乃白梅など。
辛口淡麗が標準的な新潟のお酒ですが、この越後鶴亀は米の旨味が口を満たすような味で、それでいて余韻はすっきりとしています。主張がしっかりしたカツ煮には、ぴったりのお酒だと思います。
〆にはもりそば(550円)を。少し太めでコシのある蕎麦。つけ汁は甘めです。するするとすすって、目線をあげると、そこはまだ明るい午後の日差し。
お酒を含みつつ、ゆとりのある蕎麦屋で昼食。こういう時間が大好きです。
ごちそうさま。
(取材・文・撮影/塩見 なゆ)
金城庵 本館
03-3203-4591
東京都新宿区西早稲田1-18-15
11:30~15:00・17:00~22:00(日祝は20:30まで・第一日定休)
予算2,000円