四ツ谷「太平山酒蔵総本店」 しんみち通りで秋田を味わう。半世紀続く名酒場。

四ツ谷「太平山酒蔵総本店」 しんみち通りで秋田を味わう。半世紀続く名酒場。

2020年1月28日

初めて秋田を訪ねたのは、まだ5歳くらいだったと思います。途切れることなくバスが行き交う駅前広場や活気に満ちた駅前商店街…そして初めて食べる料理の数々。自宅がある東京から一日がかりでやってきた秋田は、日本の広さや、旅をして知らない景色や料理を楽しむことの楽しさを教えてくれた街でした。

日本各地の多くの都市がそうであるように、私にとって秋田は特別な縁はありませんが、幼少の頃の思い出からか、旅先の候補にはいつも秋田があり、秋田のお酒、秋田の料理はいつだって食べたくて仕方がありません。

そんな思いを叶えてくれる酒場が四ツ谷の「太平山酒蔵総本店」です。四谷・しんみち通り沿いにあり、創業から50余年となる老舗は、今日も秋田の空気で満ちています。

 

人情たっぷりのご主人や女将さん、人懐こいスタッフのお姉さま。始めてでも馴染の酒場に立ち寄ったような気分にしてくれる、これぞ「好きな店」の空気感です。

カウンターに揃う常連さんや、奥では長年ここを”アジト”にしているような地元のベテランビジネスマンたちが、店名と同じお酒「太平山」傾け笑顔で過ごしています。

 

10年以上前に訪ねて以来となるのですが、当時の私は「秋田の郷土料理店」というだけの認識でした。今あらためて、ここのあったかい空気の素晴らしさを実感しています。

 

赤い星マークのジョッキは老舗ならではのもの。数世代前、サッポロの星(シャイニングスター)が黄色くなる以前の時代のジョッキが、今もピカピカにされ現役です。

今日はサッポロビールの清水さんと一緒です。現在は本社勤めをされていますが、以前は営業として帳合の酒販店さん、そして太平山酒蔵総本店の担当だった方。昔話もお酒を美味しくするエッセンスです。それでは乾杯!

 

お店の方といっしょに歴代担当者が磨いてきた星は格別。老舗の樽生は、いつも以上に美味しいです。

 

サッポロ生(サッポロ黒ラベル)、そして赤星ことサッポロラガーは大瓶で。日本酒は太平山に特化しており、同じ蔵のお酒を様々に味わいを比べることが可能です。例えば多くの酒蔵の銘柄をひとつずつ飲み比べる”横飲み比べ”は楽しいですが、同じ蔵で純米、吟醸などを順に味わう”縦飲み比べ”は、その蔵のことをより知ることになり愛着も深まります。

 

秋田から独自ルートで仕入れも行っているという太平山酒蔵。品書きの顔ぶれも、ここは秋田川反か、能代か、はたまた横手か、という内容です。

 

比内地鶏をつまみにちびりと楽しむもよし、寒い季節は鍋を囲んで一層秋田に思いを馳せるもよし。

 

じゅんさい、ぎばさにはたはたずし、とんぶりとやまいもの千切り。500円前後で揃う小鉢も秋田の飲み屋そのものです。

 

日本酒は冷蔵ショーケースにガラガラと並びます。お店の雰囲気やお客さんの層もあっても次々と空けられていきます。これに加え、もちろんお燗酒はありますし、樽酒だって揃っています(300円台~)。

 

普通酒、本醸造、生もと純米、純米大吟醸に無ろ過、さらに新酒のシーズンはもちろん生酒もメニュー入りしています。価格も手頃なので、あれもこれもと飲みたくなります。※お酒は適量で。

 

そんな太平山を引き立ててくれる酒の友をご紹介しましょう。まずはこちら、秋田を代表する魚のひとつ「ハタハタ」です。冬季のタンパク源に、そして山間部でも食べられるようにと生み出されたハタハタ寿司は、最高のおつまみでもあります。熟成したハタハタの旨味、にんじん、しょうがの爽やかさもあって、コク深い味になっています。

 

さらにもう一声、紅鮭ハラス。まだまだジューシーなもの。塩分だけでなく、優しい旨味と華やかな風味がお酒を呼びます。

 

店内には囲炉裏があり、人数が多い場合はこちらを囲って食べることができるそう。

 

囲炉裏を使わなくても、冬の秋田を楽しむならばやっぱり鍋。ちびちびとハタハタ寿司をつまみつつ、鍋の準備を見守ります。

 

一人前からお願いできますので、1人で飲む人も安心。寒い日は、北東北の酒場で肩に積もった雪を払うように、四ツ谷でも、都会の寒さを店の外に置いてきて、じっくりしょっつる鍋をつまもうではありませんか。

 

女将さんやお姉さまが用意してくれるので、こちらは飲みながら眺め、高まる食欲、飲酒欲(適量で)に心を任せるのみ。ツヤ・ハリのよいプリっとした大ぶりなハタハタが登場。

 

野菜などを入れる前にハタハタを仕上げるのが四ツ谷の”太平山酒蔵流”。大きなぶりこ(卵)を抱えたハタハタは、鍋で崩れる前に食べるのが良いのだそう。

 

思わずため息がでてしまいそうなこの主観。とろっとした身は脂が強く旨味があります。ねばりのあるぶりこも噛むほどに旨味があふれ、なんともいえない心地よさがあります。

 

そうしている間も、着々と鍋の準備は進みます。 もちろん、セリがはいります。ハタハタでつくるしょっつる(秋田の魚醤)と、生のハタハタの脂が野菜を染めていきます。

 

土地の肴には、土地の酒が一番しっくりきます。「酒は天下の太平山」のキャッチフレーズをご存じの方はきっとお酒好き。はたまた秋田のお方でしょうか。男鹿半島のつけ根に位置する、潟上市の酒造「小玉醸造」がつくる銘酒。由来はもちろん秋田のシンボル、標高1170メートルの太平山です。

 

純米酒生もと(430円)。太平山は比較的バランスのとれた食中酒向きの銘柄が多いですが、こちらはふくよかな米の旨味がぐんとたっています。それでいて、するするとした印象もあり、余韻が非常に心地よいです。

 

ハタハタしょっつる鍋の季節は、新酒の時期と重なります。12月から春までの寒さが厳しい時期に楽しめる秋田のとっておきグルメ。純米吟醸生もと造り「搾りたて新酒日本酒ヌーボー」は、シンプルに美味しいと感じる吟醸香、そして芳醇なうま味がたまりません。

もろみを搾る工程で「中取り」のみを使用しているとのこと。贅沢な一杯です。いずれのお酒も300円から700円程度で楽しめます。

 

シメのビールはしあわせの味。乾きを潤す一杯目のビールとは明らかに違う美味しさがあり、飲むことで改めて酒場っていいなと思うものです。

秋田料理のお店ではありますが、郷土料理店という括りというよりは、ここは普通に秋田にある老舗大衆酒場そのものです。「四ツ谷界隈の飲み屋へ行こう」、そんな気軽さで暖簾をくぐるのがちょうどよいと思います。あぁ、私はどうして10年も通わなかったのでしょう。もったいない。

ごちそうさま。

 

(取材・文・撮影/塩見 なゆ 取材協力/サッポロビール株式会社)

 

太平山酒蔵 総本店
03-3355-1649
東京都新宿区四谷1-20 小泉ビル 1F
17:00~24:00(日祝定休)
予算3,500円