小岩で65年。二代目兄弟夫婦で切り盛りする街を代表するもつ焼き店のひとつ『一力』。芝浦直送の新鮮な豚モツを炭火と秘伝のタレで仕上げていきます。まるで昭和の映画に出てくる酒場のワンシーンのようないぶし銀のコの字カウンターに座れば、小岩の街の奥深さが感じられるはずです。
目次
印象的な店構えは、商店街のランドマーク的存在
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東京都江戸川区・小岩。近くに流れる江戸川区を越えれば千葉県という、東京の東端にある街です。
駅前にはにぎやかな商店街が幾重にも交わるように広がっています。また、小岩の繁華街は商店に混ざって個人経営の飲食店も多く、いまも多くの老舗酒場が元気に営業中です。最近は2軒の酒販店が新たに角打ちをはじめるなど、飲酒を楽しむ街としての魅力は高まっています。
小岩はもつ焼きの名店と呼ばれる店がいくつもありますが、南口の『一力』もまた大定番の一軒です。
外観
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JR小岩駅南口から伸びる「昭和通り」と「小岩中央通り」、ふたつの商店街が鋭角に交わる角に一力はあります。交差点に構えたレトロな4階建ての建物の一階、横断歩道に面した焼台から登る炭火の煙。小岩南口の飲み屋を象徴するような一軒です。
ここが、昭和32年から営業を続けている『一力』。現在は使われていない「キリンビール」の旧表記とともに、力強い「一力」の文字が掲げられています。
内観
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店は2層構造になっています。一階はコの字カウンターを配したつくりで、二階は直線のカウンターを配した、上下で異なるつくりです。店を営むのは二代目兄弟で、一階は弟さん、二階はお兄さんが切り盛りしています。料理は共通で、一階で調理していない料理は内線電話で二階に伝えられ、運んできてくれます。
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大きく開け広げた間口から吹き抜ける風を感じる一階席。ゆとりのある十数席のカウンター席で、道を行き交う人々を眺めてお酒を飲めば、これ以上ないくらいの開放感に浸れます。
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突然ですが、カウンター席の居心地を決める要素のひとつに、天板の重厚感というものがあると常々思っています。一力の心地よさは、この分厚い杉の一枚板の存在が大きいです。
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年季の入った店内には、色あせても味のある豚モツの説明や、かつて使用していた品書きが今も残されています。
品書き
お酒
大樽のビール(生ビール)は、キリン一番搾り:650円。瓶ビールはアサヒスーパードライ大瓶:600円。チューハイ(レモン・梅):350円。梅酒ハイボール:400円、ウイスキーハイボール:400円、カミナリハイボール:400円。日本酒:350円など。
定番料理
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もつ焼きは、れば、たん、なんこつ、かしら、はつ、がつ、こぶくろ、しろ:各100円、がつ刺し、もつ煮込み:400円。※昔はレバ刺しがありました。
とり串は、やきとり、つくね、とりニンニク:各100円、手羽先:200円。
このほか、一品料理(一部日替わり)で、スタミナ焼(シロまたはハツ):400円、ハラミ焼き:400円、荒焼ポークウインナー:300円、あこう鯛:450円、ポテトサラダ:450円、つくね棒:130円など。
超新鮮、芝浦直送の豚モツが絶品!
乾杯はアサヒスーパードライ大瓶(600円)で
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まずはビールから。アサヒスーパードライで乾杯。
炭火を巧みに操る大将の背中と、女将さんの物腰柔らかな接客は、まるで酒場という劇を鑑賞しているようです。舞台背景ともいえる焼台の向こう側は商店街で、人々の日常があります。時折、お土産を買いに商店街を歩く人が店の前までやってきて、串を数本買って帰っていく。そんな街の息吹もお酒を進ませます。
しろスタミナ焼(400円)
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毎日芝浦の食肉センターからつぶしたての豚モツが届く『一力』ですから、とにかく新鮮さがウリです。さらに丁寧な下ごしらえもあって、シロもタレの味を包まずともクサミをほとんど感じません。そんなモツの鮮度を楽しむために、シロのスタミナ焼を注文しました。
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串打ちをしたシロもありますが、スタミナ焼は一口サイズの炙りたてシロに、醤油漬けのニンニクをかけた皿盛りの料理です。ニンニクをたっぷり載せてもよし、軽く味付け程度でシロの鮮度を楽しむもよし。どこにでもありそうで、結構珍しい一品です。
チューハイレモン(350円)
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一力の魅力は、豚モツの新鮮さ。そして、飲兵衛には嬉しい2つ目のポイントは、酎ハイに氷が入っていないところ。レモンスライスがまるで蓋の役割をしているような美しいビジュアルです。
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こちらはチューハイ梅。梅といっても、エキスがはいった飴色のものではなく、梅干し入りの酎ハイです。
ポテトサラダ(450円)
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一力のポテトサラダは独特です。かなり昔からこのスタイルだったと聞きますが、昔は芋は潰さないほうが主流だったのでしょうか。じゃがいも、玉子、とまと、きゅうり、レタス、そして玉ねぎスライスにたっぷりの粗挽き胡椒とマヨネーズ。好きなバランスまで和えてから頂きます。
キリン一番搾り(650円)
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さて、品書きをみてビールの値段が気になった方もいらっしゃるのではないでしょうか。瓶ビールは大瓶で600円で、生ビールは650円。一般的な価格設定と逆転していますが、実はここの生ビール、なんと大ジョッキなのです。
お酒の用意は女将さんの仕事ですが、生ビールを頼むとおもむろに大将が焼台を離れ、ビールディスペンサー(生ビールサーバー)の前へ。職人技を感じる注ぎ方で、液9・泡1のキレイな一杯を注いでくれました。
しかも、見てください。このキリンビールのジョッキは数世代前のものが今も現役です。令和の時代も現役、老舗酒場に似合うレトロジョッキにうっとりしながら、改めて乾杯です。
もつ焼き・やきとり(各100円)
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ればー、かしら、なんこつ、つくね。何十年と育ててきた秘伝のタレが絶品なので、味付けはタレで揃えました。
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どの部位も間違いない美味しさですが、レバーはとくに鮮度がわかる一品。しっかり火が通っていても歯ごたえたっぷりでジューシー、噛む度に旨味が口いっぱいに広がります。
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なんこつは、上軟骨(のどぶえ)。しっとりとしていて、ナンコツ周辺の肉には脂がたっぷり。それでいて主張は強すぎず、コク深いタレと絶妙なバランスでまとまっています。コリコリとしていても、噛むと簡単にパリっとなる歯切れの良さもクセになります。
気軽にビール・酎ハイでほろ酔いに
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店構えの渋さから敷居が高く感じられるかもしません。お客さんも常連さんばかり。ですが、初めての人でも変わらず迎えてくれる大将なので、勇気を出してぜひ暖簾をくぐってみて欲しいです。大人数では利用できませんので、一人・二人がちょうどいいです。
「号に入りては郷に従え」の精神で空間に馴染もうとすれば、お酒一杯目を飲み干した頃にはすっかり”お気に入りの場所”になるはず。
お通しもありません、二千円あれば満喫できる日常の中の非日常へ、ぜひ足を踏み入れてみてはいかがでしょう。
ごちそうさま。
(取材・文・撮影/塩見 なゆ)
店名 | 一力 |
住所 | 東京都江戸川区南小岩8-8-6 |
営業時間 | 16:00~20:00(月火定休) |
開業年 | 1957年 |