気仙沼に評判のとんかつ店があると聞いたのは、ホテルへ向かうタクシーの車中でした。ドライバーさんが、震災被害で変貌を遂げた気仙沼を三陸言葉の軽快なトークで町を案内してくれました。
かつての気仙沼中心市街だった南町には、多くの老舗飲食店が立ち並び、観光客だけではなく地元の人たちが贔屓に通う人気店がいくつもあったそうです。寿司ならあのお店、居酒屋ならあそこがいいよ、などの会話の中で、ドライバーさんのイチオシはとんかつ店だと言います。
「この界隈で揚げ物ならば『勝子』だったねー。いまも移転して駅前でやってるよ。」
1964年(昭和39年)の創業。津波で店舗を失い、その後、仮設の復興商店街「南町紫市場」で復活。そして2018年には、正式な店舗をJR気仙沼駅前に開業し、今に至ります。
伝統の味を受け継ぐ二代目ご夫婦が切り盛りする勝子は、とんかつはもちろん、気仙沼の海の幸を使った海鮮フライも評判です。
気仙沼は三陸の中心的な町のひとつ。陸前高田や盛、志津川や前谷地(石巻市)方面へ、専用道路を走るBRT(路線バス)が結んでいます。
BRTやJR大船渡線が乗り入れる気仙沼駅の駅前。
とんかつ勝子は駅前広場に面した「気仙沼駅前プラザ」に併設した場所にあります。その便利な立地から、列車やBRTの待ち時間に立ち寄るお客さんも多いそうです。
L字カウンターと、小上がりのテーブル2つのコンパクトなお店。気さくな二代目女将さんが元気に迎えてくれます。
夜は居酒屋使いをする常連さんが多く、それに合わせ日本酒も充実しています。ですが、まずはやっぱりビールから。樽生(中ジョッキ550円・以下税込)のみで銘柄はアサヒスーパードライ。それでは乾杯!
宴会もできる勝子。酎ハイのバリエーションの多さやカクテルまであることに驚きます。
看板料理のトンカツはリブロース特上で1,480円。ひれかつ定食ならば、千円でお釣りが来る手頃な価格設定です。トンカツに混ざって、「カツオ」がありまして、気仙沼で水揚げされたこだわりのもの。
単品メニューは夜営業からとありますが、揚げ物の単品はお昼も注文可能。定食を食べるよりも、地元の食材でお酒を楽しみたいという方も安心です。お昼の飲み屋利用、大歓迎とのこと。
つけものは自家製。昆布や醤油でじっくり漬けています。これがなかなかに美味しく、わずかな量でもビール1杯を空にしてしまう味です。
使用しているお醤油は陸前高田の「八木澤酒造」のもの。ローカル調味料好きの心をくすぐります。
フライのチリチリという音を聞きながらしばし待って、ビールをおかわり。頼んだフライは、エビフライ、ヒレカツ(ともに330円)、カニ爪フライ(440円)の三品。ホタテだけでなく、海老やカニ爪も気仙沼の水産加工会社が手掛けたものです。
ソースや醤油も用意があるものの、女将さんのイチオシは塩味。三陸・宮古の塩を軽くふりかけて…。
プリップリのホタテ貝柱のフライが、絶品!
揚げてもこの大きさということは、もとはどんなに立派な大きさだったことでしょう。気仙沼はホタテ養殖が盛んな地。地元の食材を、地元に老舗で味わえる、旅の醍醐味です。
フライと日本酒の相性はなかなかよいものです。池波正太郎がとんかつと日本酒について語っているエッセイがありますが、これが、魚介のフライならばなおのこと好相性だと思います。
金紋両國の特別本醸造「別格」。気仙沼の造り酒屋「角星」の日本酒です。同社も東日本大震災で国の登録有形文化財に指定されていた社屋が津波で流される甚大な被害を受けています。
角星の「金紋両國」がこうして復活し、再建した老舗「勝子」のカウンターで、昔と同じ組み合わせを味わえる。ひとくち、ひとくちがしみじみ美味しいです。
気仙沼のかつおを使った「ねこまんま」は、漁師めしとして日常的に食べられいるものだそう。
わかめや野沢菜(つぼみ菜)と納豆をあえた「野沢菜わかめ納豆和え」は気仙沼ではポピュラーな料理。これにみそ汁、油揚げ、わさび、そして三陸の鰹節をふりかけて完成です。
じんわりあったまり、しみじみ美味しい。お酒の〆にとだしていただきましたが、この味でまたお酒が進みそうです。
「勝子」は遠洋漁業の船乗り御用達でもあり乗組員が貸し切りで宴会を開くこともあるそうです。全国のマグロ・カツオ漁船が「気仙沼のママ」と呼ぶ先代女将の想いを継いで、今日も女将が笑顔いっぱいで迎えてくれます。
ごちそうさま。
(取材・文・撮影/塩見 なゆ)
とんかつ勝子
0226-22-2675
宮城県気仙沼市古町3丁目3−8 気仙沼プラザ内
11:30~14:00・17:00~深夜お客さんが帰るまで(水定休)
予算2,500円