新蒲原「酒場岩科」 宿場町の老舗酒店直営の酒場は、地元の人々の集いの場

新蒲原「酒場岩科」 宿場町の老舗酒店直営の酒場は、地元の人々の集いの場

東海道五十三次の15番目の宿場・蒲原宿。鎌倉時代には整備された歴史ある宿場町です。歌川広重「蒲原宿・夜之雪」に描かれている景色が大きく変わることなく残っています。もっとも、温暖な地であり雪の日でもなければ、浮世絵とは別世界で穏やかな雰囲気です。

この地で長く続く酒販店の岩科酒店がはじめた大衆酒場「岩科」が実に素晴らしいお店でしたので、ぜひ皆さんにも素敵な雰囲気をお伝えしたいと思います。

 

日本の大動脈・東海道。その宿場町は大きく発展しているところが多いですが、蒲原宿は昔ながらの東海道の姿を留めています。山と海が近く、その間を東海道本線と旧東海道が通っています。最寄り駅は、JR新蒲原。三島から普通列車で35分ほどでつきます。

駅前にはシンボルの漁船のモニュメントがあり、いかにも美味しい魚が食べられそう。

 

駅から5分も歩けば駿河湾です。残念ながら、富士由比バイパスが通っているので海へのアクセスは簡単ではありませんが、そこにある眺めは素晴らしいのひとこと。

 

目指す岩科は、JR蒲原駅から目と鼻の先にあります。駅前はショッピングモールのほかはあまり店舗もなく、ぽつんとのれんを掲げる岩科がノンベエ唯一の希望です。

 

酒屋がはじめた飲酒コーナーといっても、立ち飲み・角打ちのようではなく、しっかりとしたつくりです。現在の店舗へ建て替える前は典型的な角打ちだったそうです。

 

奥には掘りごたつの板間もあり、ご近所さんのちょっとした宴会に使われている様子。

 

ぴしっとしたコの字カウンターがかっこいい。角の席に腰掛けて、まずは生ビール(アサヒスーパードライ)で乾杯!

 

樽生ビールはアサヒで、通常のスーパードライ(中ジョッキ480円)に加え、通年でスーパードライエクストラコールド(グラス450円)が用意されています。エクストラコールドのブラックが珍しいです。

瓶では、大手3社から選べ、大びんで450円とリーズナブルです。

 

酎ハイ類は320円。アサヒの樽ハイ倶楽部(樽詰サワー)です。酒販店なので、ワインやリキュールなども豊富なラインアップです。

 

そして、なによりここで飲みたいものは、やはり静岡の日本酒。由比正雪にちなんだ「正雪」はもちろんお隣、由比の酒。旧街道沿いにある造り酒屋・神沢川酒造場の看板銘柄です。同じく由比の酒蔵「英君」や、富士宮の高砂、2010年創業とかなり新しい酒蔵・静岡市の駿河酒造場の天虹もあります。一杯290円からとリーズナブルで、あれもこれも飲みたくなります。

 

ビールや酎ハイはリーズナブルに、そして日本酒の地酒ラインアップもしっかりあるとなれば、ますます期待値高まるおつまみ。ここのおつまみもまた、全部食べたくなる魅力的な顔ぶれ揃いです。

 

直近の水揚げで左右される鮮魚は日替わりのホワイトボードに。定番の品書きもまた素敵でしょ。イルカのスマシなど、この界隈でしか食べられない土地の味もあります。

 

まずはイカ刺し(380円)から。鮮度がよく硬くモチモチとした食感で、余韻に甘い磯の旨味が華やかに残ります。透き通ってまだ動きそうなゲソもおつまみに丁度いいです。

 

「蒲原にきたら、タチ刺しを食べなくちゃ」

お隣のおすすめ、太刀魚は駿河湾であがる人気の魚です。刺身は東京ではあまり見かけることはありませんが、この界隈の方の好物なのだそう。美しい白銀の皮と、こりっとした食感の引き締まった桃色の筋肉。噛むほどに旨味が溶け広がります。

 

これもまた、全国的ではない「ハダカイワシ」(380円)。高知や宮崎で珍味とされていましたが、駿河湾でも水揚げされ、地元では焼き魚の定番の一つだそう。底曳網でとれる深海魚で、鱗が剥がれやすく皮のない状態で陸にくることから、「裸」の名がついたと常連さん。

 

お通しなし。ハダカイワシ焼きと富士宮の高砂純米辛口。しめて730円。こういう飲み方、大好きです。

 

「イルカのスマシ」という名では、外の人にはどんな料理か想像がつきません。蒲原や由比で食べられてきた土地の味です。イルカのヒレを時間をかけて血抜きして茹でたもので、独特なニオイがあります。さらし鯨や鯨ベーコンとも全然違います。しいて似ている料理を挙げるなら、山羊のチーズでしょうか。

お酒のつまみに絶品で、私は一口で好きになりましたが、これは好き嫌いが分かれそうです。

 

野趣あふれるおつまみには、燗酒(290円)がよいでしょう。お燗は正雪と景虎のみ。

 

近所でとれる旬のふきのとうや鮮度のよいイカ天など、ちょっとした小鉢の天ぷらも魅力的です。価格も380円と一人飲みにちょうどいい。

 

正雪の生貯蔵酒を地元のベテランの方からおすそ分けいただきました。歴史ある東海道の街、界隈に酒蔵も多く土地の味はここで暮らす皆さんの誇りなのだと感じました。

 

桜えびと並び、この地域で親しまれている海産物といえばシラスやイワシ。黒はんぺんは主にイワシを原料とした静岡のソウルフードです。おでんの具材でよく食べますが、家庭や食堂ではフライで食べられることも多いのだそう。

青魚を骨ごとすりつぶした黒はんぺんのコクと苦味は大人味でお酒がますます欲しくなります。

気がつけばだいぶゆっくり過ごしてしまいました。駅に近いので、列車の10分前にお会計しても間に合うのがまたいいですね。

 

途中下車してでも飲みに行ってほしい。いえ、ここを目的地にするくらいだってよいと思います。素敵なコの字と美味しい土地の味に出会えます。

ごちそうさま。

 

(取材・文・撮影/塩見 なゆ)

 

酒場 岩科
054-385-3447
静岡県静岡市清水区蒲原4-32-25
16:00~21:00(日定休・月不定休)
予算1,800円