せとものの故郷・愛知県瀬戸市には、老舗酒場好きなら一度は行きたいいぶし銀の酒場があります。店名は『とんやき丸幸』。ベテラン夫婦と息子さんが切り盛りする地域密着店ですが、希少価値の高いレトロビールサーバーを目指し、全国から愛好家がやってきます。
目次
ビール好きなら、名古屋から30分かけて行く価値あり
ビールの楽しみ方は様々です。
海外から輸入したビールでその地に思いを馳せるのも良し、国産クラフトビールの多様性を追いかけるのも素晴らしいですね。また、近年では大手酒類メーカー4社が製造する定番ビールも、注ぎ方の違いで味が変わるという考え方が浸透しつつあります。
銀座の老舗ビヤホールがこだわりの注ぎ方を守り続けてきたように、実は全国の老舗酒場にも、数は少ないながらもレトロな設備を維持しながらこだわりの注ぎ方を守り続ける店が存在します。
外観
今回ご紹介する『とんやき丸幸』も、極上の一杯を注ぐためにあえてスイングカランを使い続けてきました。
愛知県瀬戸市、尾張北東部に位置するこの街で65年続いてきた歴史ある酒場です。名古屋市の中心街・栄からは名鉄瀬戸線の急行で30分ほどの場所。瀬戸市役所前駅下車、徒歩12分ほどです。
名古屋のベッドタウンであり、最寄り駅から離れたここは決して飲み屋街ではありません。店近くのバス停名が「新開地」とあるように、『丸幸』周辺はかつて花街でした。
内観
創業から65年、一度も建て替えることなく年輪を重ねた店舗は、熱心な酒場ファンでなくても一度は立ち寄ってみたくなるはずです。
ハードルが高そうに見えるかもしれませんが、実はとっても”ウェルカム”です。ベテランのご夫婦と息子さんで切り盛りされており、大将は寡黙な職人タイプですが、取材時、笑顔を交えつつ思い出話を聞かせてくれました。
物腰柔らかな女将さん、そして店を守り続けていきたいという熱意ある息子さんも素敵です。
店内にはずらりとアサヒビールのポスターが貼られていますが、復刻版ではなくどれも発行当時にアサヒビールの担当者さんが持ってきたものだそう。
実は『丸幸』は業務用酒販店でもあって、いまでも日中は近隣へ酒の配達を行っているのです。
店内のつくりは、湯豆腐とおでん鍋を囲むようにコの字カウンターが配置されており、壁には2人用、4人用テーブルも並んでいます。カウンターに集うお客さんは”つっかけ”でこられるようなご近所の黒帯ノンベエさんが中心ですが、グループで飲みに来るお客さんは意外にも若い人が多く驚きました。
湯豆腐の鍋から立ち上る湯気が、緊張感を持って飲みに来た私の心を溶かしてくれる気がしました。
こちらは燗酒用の鍋。日本酒の銘柄は珍しい「尊皇」(愛知県西尾市西幡豆町・山崎合資会社)です。
品書き
お酒
- 樽生 アサヒ生ビール(マルエフ):中600円・大1,000円・特大,1,300円
- ゲストビール※取材時は樽生 アサヒ黒生:600円
- 瓶ビール アサヒスーパードライ大瓶:680円
- 酒一級 清酒 金盃 尊皇 本醸造:480円
- 地酒 磯自慢 本醸造:700円
- 地酒 鳳凰美田 純米吟醸ひやおろし:750円
- 地酒:喜楽長 純米大吟醸山田錦:800円
- 樽ハイ倶楽部 レモン:440円
- ハイボール:500円
- 焼酎 芋・麦:各480円
料理
- とんやき・きもやき:各140円
- 心臓やき:150円
- つくね260円
- ヤゲンナンコツ:240円
- ネギマ:230円
- 千枚漬:280円
- なす漬・きゅうり漬:各200円
関係者も飲みに来る、こだわりの生に大将のとん焼きをあわせる
アサヒ生ビール(600円)
アサヒビール社に限らず、ビールサーバーの設備関係者まで飲みに来る『丸幸』。その目的のひとつがこの円筒形のビールサーバーです。一般的なビールサーバーは箱状で冷蔵庫のような形をしていますが、こちらは文字通り筒型。
特別に中を見せて頂くと、氷水の中にとぐろを巻いた金属の管が通っています。
サーバーもレトロですが、タップ(注ぎ口)も年代物。銀座や神保町のビアホール、広島の人気ビールスタンドでも使われている、いわゆる「昭和のサーバー」のタップです。スイングカランと呼ばれており、現在のサーバーのようなコックを押し込んで泡をつくる機能はなく、ハンドルの微調整で泡をつくります。
流速が早く、なおかつ泡の細かな調整も可能なため、慣れている人が扱うと、泡のきめ細かさや液内のガス圧まで調整しつつスピーディーに注ぐことが出来ます。
ただし、その域に到達するために訓練が必要です。また、ロスが多いこともネガティブな要素です。そうしたことから、このタイプのタップは淘汰され、現在一般的に使われている手前にコックを倒すタイプとなりました。
そんなスイングカランを巧みに操り、こだわりの一杯を飲ませてくれる店、それが『丸幸』です。
どうですか、まるで生クリームのような決めの細かな泡が液を完璧に蓋をしています。
旧CI時代の朝日ロゴが入ったジョッキはメーカーの倉庫に眠っていたもの。復刻版ではないため大切に使われています。
それではマルエフこと、アサヒ生ビールで乾杯!
湯豆腐
さあ、おつまみを選びましょう。お店の定番は、湯豆腐、おでん、そしてとんやきです。まずは湯豆腐。昆布とともにプカプカと浮かぶ豆腐をいただきます。
※取材時は初秋でしたので豆腐が少ないですが、冬季はたくさん入るとのこと。
硬めの豆腐で味が濃い!
とんやき・きもやき・心臓やき
大将はカウンターから一歩奥まった焼き台スペースでもくもくと串を焼いています。店の看板料理、ぜひいただきましょう。よく下ごしらえした「とん」は甘いタレを纏って旨味たっぷり。心臓、キモはともに焼き加減が絶妙でプリプリとしています。
おでん
通年でだしているというおでん。骨董品のビールサーバーや看板料理のとんやきに注目しがちですが、このおでんも魅力的です。継ぎ足し続けてきた老舗酒場のおでんの味は、家で真似できません。
牛すじと昆布の出汁が効いていてコク深い。芯まで味が染みた里芋もビールを誘います。
アサヒ黒生(600円)
スイングカランのサーバーは2台あって、1台は店の看板にもある通り、アサヒが樽生ビールを発売した初期の頃からアサヒビール一筋。スーパードライが発売されても、頑固にアサヒ生ビール(通称マルエフ)を続けたいとアサヒビール社にも言い続けてきたそうです。
もう1台はゲストビール用となっており、取材時はアサヒ黒生を提供していました。サッポロのエーデルピルスやSORACHI1984を出すこともあるそうなので、気になる方は公式SNSをチェック。
なす漬(200円)
年季の入ったカウンターで、スイングカランで注いだ黒生を飲む。もうそのシチュエーションだけでビールが進みます。自家製のぬか漬けをもらって、ちびりとつまめば、栄からの距離も忘れてしまうほど楽しいです。
ごちそうさま
家業である『丸幸』を守り続けていきたいと家業を継いだ加藤さん。なんとJSA認定ソムリエ資格も持っていらっしゃいます。とても研究熱心な方で、全国のスイングカラン設置店も訪ね歩いているそうです。気さくな方なので、お店で見かけたらぜひビールの話を聞いてみてください。きっと楽しい時間になるはずです。
全国的にも珍しい、長年スイングカランのマルエフにこだわり続けてきた『丸幸』。訪ねる価値ある老舗酒場です。
スイングカランについて詳しく見る
(取材・文・撮影/塩見 なゆ)