飯塚徳治氏は、88歳に他界する直前まで約60年間、松陰神社『Bar バッカス』を年中無休で営業し続けていた伝説のバーテンダーです。いまは、徳治氏のお孫さんが店と想いを受け継ぎ『バッカス』の歴史が続いています。
目次
世田谷線の車窓に見える小さなバー
東京都世田谷区若林。吉田松陰ゆかりの松陰神社や国士舘大学、世田谷区役所があるこの街は、落ち着いた古き良き東京・山手郊外の雰囲気が残っています。
元気でも落ち着いた雰囲気の商店街が広がっており、若者が闊歩するきらびやかな隣町・三軒茶屋とはまた違った印象です。古い酒場もいくつかあり、ベテランの常連さんたちがキープボトルを傾けている光景がみられます。
三軒茶屋から2両編成の小さな電車・東急世田谷線に乗って3駅目の松陰神社前駅などが最寄り駅です。都区内とは思えない牧歌的な電車から左(南側)を眺めていると、松陰神社前駅に着く手前で小さな扉と「バッカス」の袖看板がみえます。「気になって仕方がない…」と途中下車し、飲みに行ったのは昔のこと。
線路の脇に小さな飲み屋通りがあり、いくつか酒場がある中のひとつが『バッカス』です。
外観
小さな扉に、スーパーニッカのロゴが入った電照看板。
内観
一歩店内へ入れば、そこは別世界。白いカバーのかかる可愛らしいバーチェアーを、暖かい照明が照らしています。装飾品のひとつひとつまで、すべて年代物。昭和のまま、時計の針がとまったような空間です。
ここで新しいものは、お酒くらい。
天井からさがる照明も、半世紀以上前のもの。万華鏡のように反射する光が、空間をより幻想的に見せています。
バッカスの歴史
1960年年代、戦後復興から高度経済成長へ進む中、都市部では多くのバーが誕生しました。
この頃、世田谷代田在住で会社の事務員をしていた飯塚徳治氏は、30歳を前にして脱サラを決意、1960年(昭和35年)『バッカス』を創業します。ニッカウヰスキー麻布工場(毛利家の下屋敷跡・現六本木ヒルズ)で行われていたバーテンダー育成教室に通い、カクテルの腕を磨きました。
「出店場所は、とにかくコスト重視で繁華街や都心部は選べませんでした。それで、松陰神社の線路脇の物件になったと聞きました」と、徳治氏の孫 松本さん。
創業当時、まだ店先は舗装されておらず、店先を走る電車も「玉川線」と呼ばれ、渋谷まで道路上を走って直通していた時代です。
30歳から年中無休でバーに立ち続けた徳治さん。珍しい住宅街のバーですが、近隣に暮らす洋酒好きや役所勤務の人、遠方から老舗のバーを訪ねてくる人まで、様々なお客さんがやってきたそうです。電車から見えて気になってきたという人も多いのだとか。
時は流れて令和。店の存続をどうするかというときに、おじいちゃん子だったお孫さんが『バッカス』を守ると決心し、一度は閉店したバッカスを復活させました。「私は店を継ぐ直前まで畑違いの会社員でした。そのため、店を守るためにバーテンダースクールで一生懸命勉強しました」と現マスター。
店の裏にある住居部分を改装し、壁を挟んだ向こう側で家族と暮らしているそうです。
品書き
おすすめ
- シグネチャーカクテルは初代が最も得意としたカクテル・ソルティドック:880円
- 創業のきっかけとなったニッカウヰスキーをつかったバッカスハイボール:880円
- 現マスターのおすすめ、松蔭ジンジャーミュール:880円
- ビールは昔から変わらず、サッポロビール(現在は黒ラベル)小瓶:550円
- ギネス:660円
- ワイン コセチャ カベルネソーヴィニヨンなど:グラス660円、ボトル:3,300円
- ウヰスキー 竹鶴/余市/宮城峡(ショット、ロック、水割り、ソーダ割):880円
カクテル
- ジンフィズ:880円
- ホワイトレディ:880円
- ギムレット:880円
- マティーニ:880円
- トムコリンズ:880円
- モスコミュール:770円
- ブラッディマリー:880円
- コスモポリタン:880円
- ソルティドック:880円
- ダイキリ:880円
- サイドカー:990円
- チャイナブルー:880円
バーフード
- レーズンバター:550円
- 燻製チーズ:550円
- ビーフジャーキー:440円
- ドライカレー(ライスorバケット):550円
店が醸し出すムードが隠し味になる正統派カクテル
ソルティドック(880円)
60余年の歴史を刻んだカウンターで、”シグネチャーカクテル”のソルティドックを。一杯目は初代が得意としたカクテルから。それでは乾杯!
バーテンダースクールで勉強をしたという元マスターの松本さん。背筋を伸ばし、正統派のレシピを丁寧につくる姿が素敵です。
マンハッタン(880円)
二杯目は筆者の好みからマンハッタンを。照度を落としたレトロな空間に素晴らしく映える1杯です。夕陽がテーブルを赤く照らしました。
レーズンバター(550円)
フードの品数は少ないですが、どれも自家製です。レーズンバターも自家製と聞けば頼まずにはいられません。
ギュッと濃厚なレーズンバターと違って、生クリームを多く含んだ優しくマイルドな味です。
レーズンバターが美味しいのでマスターにつくり方を聞いていると、「こちらをどうぞ。なんだと思いますか?」と飲み物をだしてくれました。
なんとレーズンを漬けたあとのリキュールです。深みがありまるでシェリー酒のクリームのようです。
ジントニック(880円)
3杯目は、ジントニックを。正統派の安心して飲める味が、この空間でより美味しくなります。
小さくてちょっと前に傾くクッションのバーチェアー。わずかに感じる世田谷線の振動、BGMのない中でしずかに聞こえる換気扇の音。ここはなんて居心地の良い空間なのでしょう。
店をでて、現代の街に帰ってきたときに気が付きました。バッカスの入り口横にある石垣風の壁面は、創業当初から変わっていないのですね。
オーセンティックバー好きの方は、一度は訪ねてほしい伝説の店『Bar バッカス』。二代目マスターが人生をかけて守る老舗の灯りを、ぜひ体験してください。
ごちそうさま。
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(取材・文・撮影/塩見 なゆ)
店名 | Bar バッカス |
渋谷 | 東京都世田谷区若林3丁目19−6 |
営業時間 | 17時〜24時 定休日…日曜日 |
創業 | 1960年 |
公式サイト |