外食券食堂から民生食堂へ。戦前に建築された建物で90年続く大衆食堂『下総屋食堂』をご紹介します。食堂といいつつ、ビールや日本酒を傾ける人が大変多く、朝9時過ぎからやっている朝酒・昼飲み処でもあります。
目次
桜に導かれるように、隅田川を両国へ
今回ご紹介する食堂は、墨田区・両国。隅田川の川端にあります。
東京は広いようで中心街は狭く、両国は隅田川下流に位置する築地・勝どきからも、上流の浅草・吾妻橋からもそれほどの距離はありません。春の日差しに包まれた川のほとりを歩けば、東京の街がもっと好きになるはず。川沿いには桜並木が植えられた区間も多く、川端の遊歩道はとても心地いいです。
両国まで歩いてきました。視界にはいる緑の大屋根は相撲の聖地・国技館です。そろそろ一息つきましょうか。
下総屋食堂という店名は、いかにも両国らしくて好きです。武蔵国と下総国にまたがり架橋さた橋を「両国橋」と命名したことが町の名の由来ですし、その下総側にある食堂が『下総食堂』というわけです。
創業は古く、1932年(昭和7年)です。下町には歴史ある食堂が多く残りますが、建物も創業時のままという店は非常に珍しいです。戦災を乗り越えた店構えは、まるで映画のセットのよう。実際に、同店は様々な映画やドラマに登場してきました。
外観
営業時間は朝9時30分から夜20時まで。営業開始が早いこともあり、朝から”明け番”の人がお酒を飲みに来ることも多いようです。また、昼食時間帯だけでなく夜まで通しで営業していることから、遠方から「食堂飲み」を楽しみに来るファンもいると聞きます。
植木鉢が多数並ぶ店頭はいかにも下町食堂らしく、さらに数世代前のサッポロビールのロゴ入り看板に味わいを感じます。やや敷居が高く感じるかもしれませんが、ここは食堂ですから気軽に暖簾をくくりませんか。
内観
店内もレトロ感たっぷりです。昔ながらの土間にテーブルが7つ。みんなテレビを見ながら食事やお酒を楽しんでいます。壁には、国技館のお膝元ということで番付や大相撲カレンダーが。ここで撮影をした俳優さんたちのサインも飾られています。
天明後米一俵価格表。大衆食堂と米はきっても切れない関係です。
戦前からの食堂は、戦中・戦後の混乱期に単身者向けの食堂として、国が統制した「外食券食堂」として組み込まれた店が多く、『下総屋食堂』もそうした一軒です。外食券制度が廃止された1951年からは東京都指定民生食堂となります。民生食堂制度廃止後もこうしてプレートが残されており、店の歴史を知ることができます。
店の奥から「いらっしゃい!」と2代目の女将さんが元気よく迎えてくれました。接客は女将さん、営業中の調理は3代目になる息子さんの担当です。
乾杯は瓶ビール「サッポロ黒ラベル」で
平日のお昼間にもかかわらず、ほとんどのテーブルにドンと大瓶が並んでいます。飲みやすい雰囲気ですから、はじめての方もこの後の予定に差し支えなければ、ぜひ大瓶を一本。冷蔵庫でよく冷えたサッポロ黒ラベルの登場です。それでは乾杯!
品書き
お酒
お酒は2種類のみ。瓶ビール(サッポロ黒ラベル)大びん:600円か、日本酒(菊正宗):400円。
料理
料理は200円と300円の2段階に分かれており、煮さば・煮かれい・さば焼・しゃけ焼・さんま焼・赤魚焼など主菜が300円。副菜のさといも・かぼちゃ・ひじき・ぜんまい・おから・ポテトサラダなどが200円です。
ごはんとお味噌汁のセットは200円。とん汁への変更は追加100円です。
ケースから自分で取り出す昔からの方式
品書きの札はあくまで値段の確認用で、「何を食べようか決めるのはは実際にショーケースで食べ物を見てから」、というのが下総屋食堂のスタイルです。古くからの食堂にみられる方式で、このワクワク感は大人になっても楽しいものです。
穏やかな日差しと大川の風を感じて――
さば焼(300円)
大きくて肉厚の鯖に目が行って、一皿目はさば焼にしました。取り出すと3代目が裏でレンジ加熱してくれるのですが、その際に女将さんが、「これ、ホットで」と裏に回します。「ホット」と、カタカナだったことが意外で、思わず微笑んでしまいました。
脂がのっていてジューシー。ホクホクの鯖にビールが進みます。
ポテトサラダ(200円)
マカロニも入ったポテトサラダは、隠し味に酢をつかうプロの味付けです。
鯖もポテトサラダも、ボリュームがあるのにとてもリーズナブルでびっくりします。さらにビールやお酒を頼むとちょっとしたつまみも出してくれてテーブルの上は賑やかになります。
これにごはん・味噌汁セットをつければ、合計700円(ビールを除く)の定食になりますし、私のようにごはんの代わりにサッポロビールを置いてもいい。組み合わせ自由、各々の楽しみ方は様々です。
日本酒(400円)
銘柄は菊正宗です。お燗は徳利で、冷ならば目の前にビヤタンがセットされ、そこに一升瓶から直接注いでもらいます。水飲み鳥のようにこちらから迎えにいって、きゅっと一口。キクマサの飲み飽きない調和の取れた味は、日常の食堂にとてもよく馴染みます。
お酒のつまみにどうぞ、とキムチ。
開け広げた窓からは、大川の江風が優しく店に注ぎ込み、暖簾越しにゆれる午後の日差しが店内を温かく照らすこの空間。女将さんの物腰の柔らかな人柄にも癒やされて、すっかりほろ酔いになりました。
ごちそうさま。
(取材・文・撮影/塩見 なゆ)
店名 | 下総屋食堂 (しもふさやしょくどう) |
住所 | 東京都墨田区横網1-12-33 |
営業時間 | 9:30~20:00(土は9:30~18:30・日祝定休) |
開業年 | 1932年 |