横浜市・鶴見区にある老舗のやきとり屋「国道下」をご存知でしょうか。日本有数の通勤路線である京浜東北線の鶴見駅からひと駅ながら、そこは他に例を見ない独特なムードが漂う「国道」という名の駅があります。この駅ホームの真下にあることから、ずばり国道下です。
昭和初期に建設され、そのまま時間が止まったような駅。半分廃墟のような空間にポツリと灯る赤ちょうちんの誘惑は、まるで狐に化かされている気分です。
さぁ、いっしょにパラレルワールドに迷い込んだ気持ちになりましょう。
JR鶴見線は鶴見駅を起点に鶴見、川崎の臨港部へ伸びる路線です。京浜東北線とは線路はおろか改札内でもつながっておらず、中間改札を抜けた先にあるまるで別の鉄道のようなつくりです。3両編成の電車がデータイム20分間隔でゴトゴト走る光景はとても首都圏のJR線とは思えません。
それもそのはず、鶴見線は1930年(昭和5年)に鶴見臨港鉄道という私鉄で開業し、その後国有化されました。
鶴見駅を発車すると、ゆっくりと戦前生まれの高架線路で工業地帯に向けて進みます。ひと駅で、カーブに設けられた狭いホームに鉄骨アーチの国道駅に到着です。
プラットホームを降りると、そこはとても2020年を迎える日本の駅とは思えない構造物が広がっています。鶴見線そのものもディープ感が漂っているのに、国道駅はもはや異世界。ここだけはきっと、いまも昭和で国鉄も民営化していません。
煤けた薄暗い階段を降りていくと、左にぼんやりと灯る赤ちょうちんが見えてきます。これこそ「国道下」です。16時半頃になると店先の焼き鳥台から香ばしい匂いが漂ってきます。
高架下にはかつて酒販店や飲食店が他にも立ち並んでいたようですが、いまはすっかり廃墟となっていて、使われているのは最小限の駅設備と国道下だけです。
もちろん無人駅です。とはいえ、さすがに横浜市内なのでSuicaなどの交通系電子マネーに対応しています。改札を出るときはしっかりタッチ。
照明がついていますが、実際は写真よりもだいぶ薄暗く、日中でも怪しさが支配しています。列車は20分間隔なので列車の着発後はしばし人の気配がなくなります。
国道駅の「国道」とは、国道15号線のこと。いまは第一京浜、かつては国道1号「京浜国道」であり、それだけ重要な道路に対して「国道」と駅名を着けたのは納得です。
この架道橋には第二次大戦中に米軍航空機からうけた機銃掃射の弾痕がいまも残っています。
さて、お散歩はこれくらいにして、再び改札の前「国道下」へと戻りましょう。
ここだけが唯一、人の気配がある。いえ、それ以上によい飲み屋にある人々のパワーが店先まで溢れて感じます。
ガラガラと引き戸をあければ、そこは小さなスナックのような空間があります。
カウンターとちょっとしたテーブル2卓。16時台にもかかわらず、常連さんたちがすでに盛り上がっている中にお邪魔しました。何にする?瓶ビールね。はい、どうぞ。
キリっとした女将さんが笑顔をまじえて用意してくれました。おとなり生麦うまれのキリンラガーがしっくりきます。では乾杯!
昔は鶴見で、いまは山手から通われているという常連のお姉さん「ママ、このしめ鯖美味しい!」。その声を聞いて常連のご隠居さん方も続けて注文をされたので、私も便乗です。
少し歩けば生麦魚河岸通りがあり、魚を買うのには困らない場所。国道下は焼鳥屋でも刺身が充実しているのはそんな地の利からでしょう。常連さんのおすすめは鯨刺しだそうですが、今日はあいにくありません。イカ、アジ、まぐろとおすそ分けいただけましたが、どれも美味。もちろん、しめ鯖も最高です。浅締めで酢洗いといったところ。脂がのっています。
大瓶をくいっと空けて、おつぎは酎ハイを。このほか、ホッピーも置いています。常連さんはみなさんボトルをいれていますが、単品ももちろんOK。粉末茶のお茶割りはあまくてすっきり。休憩にちょうどいい一杯です。
焼鳥は1本50円。このご時世で、これは安い。ご夫婦で切り盛りされていて、ご主人はもっぱら焼鳥担当で、にこにこ笑顔いっぱいで焼いてくれます。ハツ、レバ、ツクネとお願いしました。
ここのタレは唯一無二のもの。飴色に半分透けているタレはしっかり甘く水飴のよう。ここに辛味噌を好きなあんばいに混ぜていただきます。ここのレバーしか食べられないと話す常連さんもいらっしゃるほど、安くてもしっかり美味しいです。
お客さんはほとんどが徒歩数分のご近所さんです。スタートが早いのも納得です。17時を過ぎるとお仕事終わりの方もやってきて、満員御礼のピークタイムを迎えます。ここから本番!というタイミングで実はラストオーダー。営業は19:40のラストオーダーまでとかなり早いです。
小さなお店ですが、店の楽しさはそんじょそこらの飲み屋に負けていません。一度飲み始めると時間を忘れてしまいそうに。このまま居ると、私も異世界の住人になってしまいそう。それはそれで、いいかもしれませんが(笑)
最後に生ビールで乾杯をして、今日はお会計。煮込み、ポテサラ、肉豆腐、おでんとお皿料理もありますが、それはまた別の機会に。値段が書かれていませんが、楽しく飲んで笑って二千円でお釣りがくるのなら御の字でしょう。
無事、平成最後の夏に戻ることができました。あー、楽しかった。鶴見駅から140円でいける異世界に、今年は何度通えるかな。
素敵なご夫婦が切り盛りされ、朗らかなお客さんでいっぱいの国道下へ、遊びに行ってみては?
ごちそうさま。
(取材・文・撮影/塩見 なゆ)
誤記修正:臨港鉄道
国道下
045-503-1078
神奈川県横浜市鶴見区生麦5-12-14
16:30~19:40頃(日祝定休)
予算1,600円