再開発により2023年8月末に惜しまれつつ一度その歴史に幕を下ろした、京成立石の名物店『鳥房』。あの香ばしい鶏唐揚の香りが立石から消え、寂しく思っていた酒場好きは多いです。それから約2年、2025年7月30日、鳥房が新しい場所でついに復活を遂げました。オープン初日の熱気とともに、変わらぬ名物の味、そして変わりゆく“のんべえの聖地”の今をお伝えします。
目次
再開発を乗り越えて、新しい歴史が始まる

「のんべえ(せんべろとも)の聖地」として全国に名を轟かせる葛飾区立石。
戦後の闇市にルーツを持つ飲み屋横丁は、まるで昭和の時代から時間が止まったかのような風情を色濃く残し、多くの人々を惹きつけてきました。その中でも『鳥房』は、店の前を通るだけで食欲を刺激するあの香りで、街のランドマークとして圧倒的な存在感を放っていました。

『鳥房』の歴史は、戦後の復興期の1955年(昭和30年)に遡ります。

創業当初は、表で新鮮な鶏肉を販売する店として創業。店内飲食コーナーを併設。

看板商品の「若鶏唐揚」は、その豪快な見た目と確かな味、そして手頃な価格もあって評判に。

立石の有名もつ焼き店「宇ち多゛」や「江戸っ子」と並ぶのんべえの聖地・立石のランドマーク的存在となりました。

駅前で常に唐揚げの香りを漂わせてきたこともあり、立石で暮らす人なら誰もが知る店でした。
しかし、京成押上線の高架化事業に伴う大規模な再開発の波は、この街の景色を大きく変えようとしています。多くの名店が移転や閉店を余儀なくされる中、『鳥房』も一時閉店。あの味にもう会えないのかと、多くのファンが肩を落としました。

それから約2年。待ちわびた復活の舞台は、同じく再開発で移転した家族経営の老舗『江戸安寿司』の隣。真新しい建物に「鳥房」の文字が掲げられています。以前と同様、店先は唐揚げを求めるお客さんのための鶏肉店・惣菜売り場。そしてその横に、店内飲食コーナーへの入り口があります。

暖簾をくぐると、「いらっしゃい!」という元気な声。そこには、以前と少しも変わらないお姉様方の笑顔がありました。嬉しい!店は変わっても雰囲気は昔のまま。
店内は、かつてのカーペット敷きの座敷から、4人掛けのテーブル席が数卓とカウンター7席ほどの造りへと変わりました。椅子に座れるので、以前より足が楽になったのは嬉しい変化です。
まずはビールで、再会を祝して乾杯!
オープン初日の16時過ぎ。すでに店内は賑わっており、テーブル席へ相席での案内となりました。酒場での相席は、むしろ嬉しいもの。見知らぬお客さんと肩を寄せ合い、同じ店の復活を祝うこの一体感がたまりません。

まずは「キリンラガービール 大瓶」(780円)をお願いしました。お姉さんが目の前で「シュポッ」と小気味よい音を立てて栓を抜いてくれます。グラスに注げば、きめ細かい泡。よく冷えたラガービールが喉を潤し、待っていた時間が喜びに変わる瞬間です。それでは、乾杯!

お通しの鶏皮生姜煮も昔のまま。初めて鳥房を訪ねたとき、緊張でドキドキしながらこれをつまみに唐揚が届くのを待っていたことを思い出します。
待望の若鶏唐揚と安定のおつまみ
お腹に余裕があればスピードメニューでつなぎたい
『鳥房』に来たならば、絶対に外せないのが名物「若鶏唐揚」。これは注文が入ってから揚げるため時間がかかります(具体的には低い温度で10分揚げてから高温の鍋でさらに5分揚げる)から、席に着いたらすぐに頼むのが暗黙のルール。
以前は「一人一個」が基本でしたが、今もその心づもりで訪れたいものです。
唐揚げは時価なのも変わらず。お姉さんが注文をとる際に「今日は900円と950円ね」と教えてくれます。今回は初日のお祝いの気持ちも込めて、大きい方の950円でお願いしました。

揚がりを待つ間は、スピードメニューで繋ぎます。昔からのファンに愛されてきたのが「鳥ぽんず」(680円)。かつては「ぽんずさし」の名で親しまれた一品です。

しっとりとした鳥のたたきに、唐辛子とネギがたっぷり入ったパンチのあるポン酢だれがかかっています。このモチフワの鶏肉と薬味の刺激的な出会いは、他ではなかなか味わえません。

味が濃いので薬味は残りがちですが、これを取っておき、後で登場する若鶏唐揚の付け合わせのキャベツにかけて食べるのが、私のおすすめの楽しみ方。常連さんがそうした食べ方をするので、お姉さんも「キャベツにかけちゃいなさい」と勧めてくれます。

もう一品、ご紹介したいのが「南蛮漬」(450円)。唐揚げ屋の南蛮漬けと聞くと、鶏肉を揚げて甘酢に漬けたものを想像しがちですが、ここのは違います。もちろんチキン南蛮でもありません。
主役は、なんと砂肝。臭みは一切なく、鮮度の良さが伝わってきます。もちもち、コリコリとした独特の食感とさっぱりとした甘酢が、ビールから日本酒へと誘うのです。

ということで、お酒は「白鶴 冷酒300」(850円)へ。キリッと冷えたお酒が、肴の味をさらに引き立てます。
真打ち登場!若鶏唐揚は半身揚げ

いよいよ、主役の登場です。湯気とともに運ばれてきた「若鶏唐揚」は、見事な黄金色。フライヤーではなく、温度の異なる2つの鍋で二度揚げするスタイルも昔のまま。
手羽、もも、むね肉などが一体となった、いわゆる半身揚げです。部位ごとに分かれていないので、かなりワイルド。だから出てきたときの喜びもひとしお。

さあ、これを食べるには、まず解体しなくてはなりません。左手でドラムスティックの先端を持ち、右手で箸を手羽とむね肉の間に入れてぐっと開いていくのが基本。
これがなかなか難しいのですが、もし困っていたら、お姉様方が手の空いたタイミングで手伝ってくれるかもしれません。ただし、これはあくまでご厚意。混雑時、自分で格闘したのはいい思い出。

パリッ、サクッという音を立てる香ばしい皮。その下から現れるのは、肉汁がしたたる驚くほどジューシーな身。シンプルな塩味が、鶏肉本来の旨味を最大限に引き出しています。これぞ鳥房の唐揚げ。無心でかぶりつけば、ただ「美味しい」という言葉しか出てきません。

このパワフルな唐揚げには、キリンラガーはもちろん、「赤ワイン」(850円)も合います。サントネージュの「やわらぎ」という国内製造(山梨)の商品。甘酸っぱく軽やかな口当たりが、揚げ物の油分をすっきりと洗い流し、量が多いと思った唐揚げも食べ切れてしまいます。
お姉様方が「ブランクがあったから、うまくできるか心配だったのよ」と笑いながら話してくれましたが、その手際は見事なもの。店内にいるお客さん誰もが、本当に嬉しそうな顔をしていたのが印象的でした。
ごちそうさま
立石の街に、再びあの香りが戻ってきました。再開発で街の景色は変わっていくかもしれませんが、『鳥房』の唐揚げのように、決して変わらない魂がこの街にはあります。
多くの困難を乗り越えて暖簾を再び掲げてくれたお店の皆さんに、心からの感謝したいと思います。どうぞ末永く、楽しい時間と美味しい唐揚げを提供し続けてくれることを願っています。
店舗詳細
品書き

- キリンラガービール:780円
- ノンアルコールビール キリングリーンズフリー:450円
- アサヒ三ツ矢サイダー・ポッカサッポロ烏龍茶:各300円
- 日本酒:450円
店名 | 鳥房 |
住所 | 東京都葛飾区立石7丁目3−2 |
営業時間 | 16:00~20:00頃まで ※要確認 鶏肉店としての営業は日中から |
創業 | 1955年創業 2025年7月30日移転再開 |