「門司赤煉瓦プレイス」 港町・門司の近代化遺産。九州初の麦酒醸造のロマンに浸る。


九州の玄関口といえば、いまやもっぱら福岡、博多です。空路や新幹線が整備される以前の九州は、本州・下関に接する九州北東端の門司でした。大いに繁栄した海峡の街。当時の重要度をいまに残す明治から昭和初期にかけて建てられた産業遺産が豊富にあり、街や建築物、産業の近代史に興味がある人にはたまらないエリアです。

筆者もその一人。国の重要文化財指定を受けている門司三井倶楽部や旧門司税関、九州の公共交通発祥の地の風格たっぷりの九州鉄道旧本社ビルに門司港駅舎など、一日居ても飽きません。

そして、なにより無類の酒好きの私には、「門司赤煉瓦プレイス」は一度訪れたい施設でした。

 

JR門司駅から数分の場所。赤レンガの建築物が並ぶここは、明治45年に建てられた旧「帝国麦酒株式会社」の醸造所設備です。大正2年より発売された「サクラビール」のブランドは、いまも一世紀以上続くような酒場にはその名を見ることがあります。

 

サクラビールの帝国麦酒は、大日本麦酒に統合され、日本麦酒、そしてサッポロビールと引き継がれ、2000年までサッポロビールの九州工場として稼働していました。

 

この工場跡地を観光施設としてリノベーション。P箱が並んでいたであろう倉庫は木のぬくもりがある階段状のホールへ。醸造棟はレストラン、ブルワリーバーへ、事務棟はギャラリーに姿を変えています。

 

九州で最初のビール工場である帝国麦酒。その創業からサッポロビールまでの歴史を展示した資料館は、実使用されていた建物と膨大な商品現物が保管、展示されており見応え十分です。

今回は九州初の近代ビール工場87年の歴史を、同資料館の資料からご紹介します。

 

1913年(大正2年)に醸造場完成。九州で初となる近代ビールが発売されます。ドイツから取り寄せた醸造釜やろ過装置が用いられ、こうして九州にも日常生活にビールが入り始めます。

 

当時の通函。サクラビールの印はおしゃれ。過去にはサッポロビールが当時のレシピを提供し、地ビール会社が復刻版を醸造したこともあるようです。

 

当時の瓶やグラスが飾られています。いまのように数社共通大びんではなく、まだ瓶の規格ができていないことがわかります。

 

契約栽培の大麦にドイツ産ホップを使用。いまのサッポロビールにも受け継がれている「品質は畑から」が大正時代からあったようです。

 

戦争や輸出で生産量は増加を続け精麦場の竣工もあり、昭和9年は大日本麦酒、麒麟麦酒、桜麦酒と大手の3位に位置するように。

 

門司で生産されたサクラビールは様々なラベルをつけて世界各地に輸出されていたそう。同工場を引き継いだサッポロビール九州日田工場(H)も、韓国や台湾向けの輸出ビールを集中生産していると聞きます。

 

展示しているミュージアムもサクラビールの事務棟そのもの。随所に当時のしゃれた装飾があり、建築物好きとしても楽しい。

 

昭和17年頃まで製造されたサクラビールは、統合によって大日本麦酒となり、戦後はニッポンビールの九州工場に。ニッポンビールは商品デザインに札幌麦酒から受け継がれた北極星が描かれており、その後サッポロビールとなります。

 

サクラビール時代だけでなく、同施設はサッポロビール九州工場になって以降の歴史を商品、広告物を中心に2000年頃まで細かく歴史を紹介しています。ビール工場見学とはまた違った、商品からみる歴史が消費者として大変興味深いです。

 

お馴染み、赤星の初代から始まります。

 

門司のこの地で製造されたニッポンビール。ラガービールの名称も入っています。1960年のもの。これを最後にニッポンビールの名前が商品名に使用されなくなります。

 

昭和31年、まだ黒ラベルはありませんので、「サッポロビール」と社名そのままの商品名。赤星の黒ビールもありました。黒ラベルじゃない赤星黒。

 

こちらはサッポロビールの名でつくられています。

 

この時期に缶ビールも登場。当初は缶切りで開けていたそうですから、なかなか手間がかかります。

 

黒ビールも缶ビールに。このデザイン、ベテランのノンベエの読者さんには見覚えある方も多いのでは。

 

北海道限定から始まったサッポロびん生。当初は印刷、その後はラベルとなり、ファンの間でサッポロ初の瓶入りの生ビールを、その美味しさに特別な意味を込めて「黒ラベル」と呼び始めます。

 

消費者が呼んだ黒ラベルは、なんとサッポロビールの商品名に正式採用。40年以上にわたり、同社の主力ブランドとして磨かれ続けています。

 

ヱビスビールも登場し、ここ旧九州工場でも製造されていたそうです。

 

お正月に現在でも短期間製造される賀春ラベルは1970年代にはもうあったのですね。

 

長くビールを飲んだり、扱ってきた方には懐かしいものばかりではないでしょうか。この宇宙戦争ロボットみたいなのとか、時代を感じます。

 

80年代後半になると、筆者も見覚えのあるビールが続々登場。いまやお馴染みの冬物語やエーデルピルスの登場はこのころ。

 

1989年(平成元年)の黒ラベル。まだこの時代は星が金色に輝いていなかったのですね。印刷技術の進化と聞いたことがあります。クールドライ、吟仕込…

 

これは後の開拓使麦酒。サッポロファクトリー完成記念の表記があります。札幌で宿泊したホテルクラビーサッポロの向かいで飲めます。

 

ギネスビールは、皆さん御存知の通り、現在はキリンが取り扱っています。

 

名古屋工場跡地のビヤホール「浩養園」の生ビール。初めてみました。

 

そして、旧九州工場も製造を終了する2000年。限定ビールは21世紀醸造生。

 

皆さん見覚え、飲み覚えるあるビールはありましたか。

 

今世紀になるまで現役のサッポロビールの施設だった建物は、レトロさと見覚えのある商品名がはいったマニアにはたまらない装飾品ばかり。

 

サッポロビール九州工場のプレート。大分日田にビール工場が移転し、門司でのビール造り87年の歴史に幕を閉じました。

 

次は九州日田工場の訪問取材記事として、九州初の近代ビールのその後の歴史、商品をご紹介します。

ビール好きならば、きっと楽しめる門司赤煉瓦プレイス。併設のレストランではもちろんビールが楽しめますので、ビール会社系列の博物館・工場見学のように覗いてみてはいかがでしょうか。

 

(取材・文・撮影/塩見 なゆ)

 

門司赤煉瓦プレイス
http://mojirenga.jp/



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