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高崎の老舗酒場といえば「安兵衛」。およそ半世紀、街を照らし続けてきた提灯の店をご紹介します。
人口37万人都市・高崎は、群馬県で最も人口が多く、駅ビルや歓楽街の規模も県内随一。郭内だけでも5万坪を超える広大な城郭を構えた高崎城の城下町、そして中山道の宿場町として交通の要衝で栄えた面影が残っています。
現代においても東京と新潟を結ぶ上越新幹線と、長野・金沢へ繋ぐ北陸新幹線の分岐点、さらに各方面への在来線が集結する一大ターミナル。ここには人の大きな流れがあります。人が流れるところに飲み屋あり。
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飲み屋街は駅の南側。高崎城址であり、現在は高崎市役所がある高松町と駅に挟まれた場所に広がっています。鍛治町、あら町、通町と昔ながらの地名が残り、時代散歩と託つけてはしご酒が楽しめます。
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あら町のおでん屋「安兵衛」は、駅から数分。ふらっと飲みに立ち寄れる距離。駅前通りの拡幅や再開発によって安兵衛を含め近隣は建て変わってしまいましたが、風情は変われど風格は変わっていません。
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富山・黒部の銘酒、銀盤の文字。ぼんやり光る行灯に誘われます。
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建物は新しいのですが、店のつくりは古き良き酒場のそれ。おでん鍋を短辺に寄せたコの字カウンター。湯煎でお燗をつける燗銅壺がセットです。
まじめな表情の女将さんがキビキビと給仕をされ気持ちの良い雰囲気。常連さんと一見さんに差はなく、酒と肴を楽しむ人々の集い処です。
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まずはビールからかな。樽生は扱わずキリンクラシックラガーの大瓶が筆頭です。その次に、突然 長野県東御市のブルワリー・ 長野県東御市のオラホビールの文字があることに驚かされます。おでんの老舗にクラフトビール、時代は変わりましたね。
酎ハイ類は450円。酒は行灯の通り銀盤と、そして滋賀県竜王町の松の司(松瀬酒造)の二種類です。定番酒には「うぶすな」という見慣れぬ言葉がありますが、これは「産土」と書いて、土地の守り神の意味。地元の米と地元の水で仕込んだ純米仕込みの普通酒です。
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ビールと一緒に突き出しもやってきて、まずは一揃い。注文を通したら、その勢いでトトトと注いで、では乾杯!
ガツンとくるコクと苦さ。これぞナショナルビールの味わい。昭和40年代の味を今に残すキリンのクラシックラガーは、老舗酒場の歴史と重なりあって、そこにたくさんの人々の人生を感じます。
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一年を通じておでんを提供する安兵衛。日本最高気温を記録するような街に囲まれた高崎ですが、夏もおでんを用意する店は多々あります。”暑いときに熱いものを”の考え方。もちろん、冬季は上越から吹き降りる冷たい風を浴びながら店を目指し、そこで食べるおでんは格別なものでしょう。
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ひとつ170円から。群馬名産のこんにゃくや大根はぜひ食べておきたいもの。庶民的な具材が豊富に揃い、日常にふらっと寄りたくなる顔ぶれです。
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肴は自家製の漬物、そして女将さんが焼いてくれるやきとりや焼き魚も人気です。
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ビアタンをくっと空にして、続いてもう一杯。空調のきいた店内ならば、年がら年中ビールは飲み頃、おでんも食べ頃です。
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醤油ではなく、出汁と旨味と塩で整えられたつゆは、富山や金沢のおでんに近い味わいです。
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ほどよく味が染み込んだ木綿豆腐、ブリブリとした食感のこんにゃく、分厚いのに中までしっとりした大根。おでんは派手ではないものの、心に染みる味があり、じんわりと気持ちよくなってきます。松の司の燗をちびりと飲んで、ふぅーっと息を吐けばいつもより優しくなれる気がします。
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レモンハイをすっと飲んでクールダウン。大満足です。
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街に根付いた老舗の酒場はよいものです。高崎の人々の日常に接することができて楽しい時間でした。さて、もう一軒いきましょうか。安兵衛の軒にかかれた”人生-酒=0″の文字に見送られて。
ごちそうさま。
(取材・文・撮影/塩見 なゆ)
安兵衛
027-322-3445
群馬県高崎市あら町41-1
17:30〜23:00(日定休)
予算2,300円