周囲をぐるり山に囲まれ、街のどこからでも日本アルプスを眺めることができる山岳都市、松本。16世紀に築城された「烏城」の異名を持つ松本城を中心に、見どころ満載です。高原の街として一年を通じて観光客が訪れますが、飲み屋は実はそれほど多くはありません。
近隣に温泉街やリゾートホテルがあるため、なかなか夜の松本を飲み歩く機会は少ないかもしれませんが、観光施設だけでは感じ取れない、土地の息吹きを感じる居酒屋へもぜひ訪れてみてはいかがでしょう。
松本で70余年の歴史をもつ「しづか」は、土地の酒と肴を楽しみ、街の色を知るのにうってつけの一軒です。玄関口・松本駅からお城方向へ軽く散策しているとお店に着くので、観光がてら駅からは歩いてみてはいかがでしょう。
新宿、そして名古屋から特急列車で一本の松本は、都心から遊びに行くのにちょうどいい距離。水が綺麗で、精密機器を中心とした産業も盛んです。
松本駅のお城口から大手にかけては見どころ満載。「しんとうさん」と親しまれる四柱神社。アルプスの清流・女鳥羽川沿いにあり、地元の人たちの参拝が絶えません。
近くには1877年創業の歴史を持つ弁天本店という蕎麦屋があります。ここは瓶ビールを置いているので、開けた窓からはいる高原のそよ風を感じながら、昼酒というのもよいものです。
四柱神社の裏には古いネオン街があり、昭和の香りがぷんぷんします。そんな光景をみていれば、あっという間に国宝・松本城へとたどり着きます。現存最古の五重六階木造天守は圧巻です。
お城の先にある旧開智学校は、明治時代初期の洋風校舎。青空と山々、そして白い建物のコントラストが美しいです。
さて、そろそろお昼も過ぎて、喉も乾いてきました。お城近く、大手にある「しづか」を目指しましょうか。
1945年(昭和20年)創業のしづか。店名の由来は若山牧水の歌“酒はしづかに飲むべかりけり”から来ていると、書かれていました。
創業者が山岳愛好家で、山を求めてこの地で店を開き、わずか4坪からはじまったそう。きっと、同じ山を愛する人とや、大手という場所柄、信州大学や新聞・役所の人で賑わったことでしょう。
営業は正午から通しでされていて、観光の合間にちょっと一献といけるのが大変嬉しいです。松本はお昼酒のお店は限られていますから。
生ビールはアサヒスーパードライとキリン一番搾りの2種類。さらに瓶でヱビスが加わり、3社が揃います。日本酒は地酒「大雪渓」を筆頭に大信州や真澄など県下のお酒が揃います。全国銘柄として賀茂鶴があるのも興味深い。
ワインの産地だけに、地のワインも選べます。
乾杯は生ビール。今日はなんとなくキリンの気分。おっとりとした方言でお姉さんが、丁寧についでもってきてくれました。カラっとした高地でいただく生ビールはまた格別です。乾杯!
季節の料理は、意外と海のものが多い。もともと山菜と焼鳥、そして川魚から始まったそうですが、時代の変化ですね。名物の野沢菜はもちろん大定番。
松本山賊焼き、馬刺し、鯉こくといった代表的な郷土の料理が魅力を品書き。信州の料理はどれも酒の肴にぴったりです。山小屋式のおでんは昭和20年から受け継ぎ続けているもので、夏季でも用意されています。
岩魚の骨酒なんて魅力的。ただ、ちょっと1人で飲むには量が多いので今日はお預けで。はちの子、ざざ虫、いなごは食べられますか?
カウンター、テーブル、そして宴会部屋とそれぞれ分かれていて、広い店内はどこの席でも居心地がいい。お通しの小鉢もでてきて、それではいただきます。
地もののもろへいやは、新鮮そのもの。茹でて、ねっとりコシのあるぬめりは、お酒を誘います。
長く続くお店は、地元の関係も深く、自然と食材もいいものがあつまります。それを象徴するように、しづかの岩魚は絶品です。注文を受けてから踊り串を打ち、じっくりと遠火で焼き上げるので時間がかかりますが、お酒と肴でちびりとやっていれば気になりません。
頭はかりっと、身はふっくら、そしてほどよい塩加減。岩魚のチリチリとした身の繊細な美味しさを引き立たせる焼き方は、松本まで飲みに来てよかったと感じさせられます。
冷やした大雪渓をもらい、もろへいやと岩魚の三点セット。夕暮れ前の穏やかな午後に大人の幸せがここにあり。
さて、頂いている大雪渓(生酒)。名前の由来は白馬岳の眺めからついた名前で、安曇野のお酒です。松本盆地で育つ米と北アルプスの伏流水で仕込んだ地酒で、筆者も自宅で用意することの多い、愛飲の銘柄。
東京で飲むのも美味しいですが、やはり地元の人と気候と肴のなかで飲むのは格別です。
お酒にあわせて、簡単なお漬物を用意してくださいました。数人でくればお漬物の盛り合わせでやってくるもの。「特別なものではないんですよ」とお姉さんは言いますが、しっかり漬け込んだ茄子やきゅうりは、合間につまむとよりお酒を美味しくさせます。
「しづか」は城下街の商家らしいどっしりとした佇まい。民芸家具や立派な柱のぬくもりは、旅情を満たしてくれるのに十分過ぎるほど。静かに飲んで、じっくり癒やしの時間に浸りました。
女将さんの優しい笑顔に見送られ、信州の黄昏時に、ぼんやりといい気分になりました。
ごちそうさま。
(取材・文・撮影/塩見 なゆ)
しづか
0263-32-0547
長野県松本市大手4-10-8
12:00~23:00(日祝定休)
予算3,500円