変化の激しい渋谷は、駅を中心とした一大再開発プロジェクトが進行していますが、それは渋谷ヒカリエやセルリアンタワーが立ち始めた頃が始まりではありません。
動揺「春の小川」で歌われたさらさら流れる川は渋谷川。小川の姿はいまはなく暗渠となって渋谷駅の下を流れていますし、その昔はロープウェイもあった街。若者ファッションの発信地「SHIBUYA109」の場所も、昔はノンベエが集う恋文横丁があったのです。10年の単位と大きく姿を変える渋谷ですが、そこにも変わらない酒場があります。
渋谷のもっともディープで水っぽいエリア「百軒店」の最深部に暖簾を掲げる焼鳥の店「鳥清」です。現在の場所に移転したのもだいぶ昔ですが、創業は現在の「SHIBUYA109」付近で戦後すぐにはじめた大衆飯や兼飲み処がはじまり。
近隣には劇場やイベントホールも多く、演劇終わりの人たちが集まる独特な雰囲気が店を包んでいます。渋谷のゴールデン街や阿佐ヶ谷の飲み屋街、下北沢などの雰囲気に近い。
店全体が古民家のような木造の味があるつくり。薄暗く細長い店内なのですが、派手な渋谷にあって異世界のような空間はまさしく「癒やし」。
(写真は2023年2月訪問時に撮影した新メニューです。2019年掲載時の本文と値段が異なります。)
料理は焼鳥がメイン。創業当時から焼鳥屋で、現在店を引き継いだ娘さんの手料理も充実しています。
串は2本で300円から。名物は「つみれ」で、これはひき肉をピーマンに詰めた肉詰めです。はじめての人はつみれも入る5本盛100円のコースがおすすめ。
ビールは昔の店舗時代からずっとニッポンビール、現在のサッポロビール。状態の良い生ビールの他、瓶ビールは変わらない赤星を扱っています。
変化の激しい渋谷で、店の経営も次の世代に引き継がれていますが、この雰囲気は変わらないよと常連さん。渋谷にもこういう酒場が残っているのがうれしいです。乾杯。
寒くなってきた季節に、カボチャ煮をつまみに瓶ビール。近くで開催されたイベントの帰りに立ち寄れば、この”オフ”な感じがなおのこと嬉しい。
800円の盛り合わせ。砂肝、レバ、つくね、ねぎま、そしてつみれ。味付けはそれぞれお任せ。2005年に先代の女将さんの意志を受け継ぎ、当時27歳の娘さんが現在の女将として切り盛りします。焼鳥の腕はもちろんよいものです。
団子状、筒状といろいろありますが、こういう短冊状で柔らかなつくねもまた美味しい。
炭火で焼く焼鳥の台でいっしょに香ばしく仕上げる「丸天」は、日本酒や焼酎との相性が抜群にイイ。本当に、渋谷で飲んでいるのを忘れさせてくれます。
珍しい酎ハイに、うめ蔵サワーなるものがあります。陶陶酒が発売する上野観光連盟推奨のパンダ柄のカップ梅酒をソーダで割ったもの。「白加賀」の梅を使い、一個まるごと瓶の中に入っています。甘そう、なんて思うでしょう?これが不思議と焼鳥と合うんです。
大皿料理ではメニューに載っていないものも色々。常連さんは、ここから「これちょうだい、あといつもの」なんて感じで注文されています。いいよね、そういうの。
初代のお姿と旧店舗。女将さんのお父さんです。
人も街も変われど、店の良さは変わりません。たとえ、渋谷という街にあっても。
百軒店の奥深くは土地勘がないとおっかなびっくり歩くような場所かもしれませんが、一歩老舗の酒場に入ればそこは別世界。
女将さんのお子さんが、お店の奥でオムツ姿でキッャキャと走り回って、それを常連さんたちが優しい目で見守っている。現在進行系で店のバトンが継がれていきます。お近くでお店に悩んだらぜひ一度、一献傾けてみては。
ごちそうさま。
(取材・文・撮影/塩見 なゆ)
店名 | 鳥清 |
住所 | 東京都渋谷区道玄坂2丁目14−18 |
営業時間 | 18:00〜24:00(土日定休) |
開業時期 | 1970年頃 |