薩摩と大隅の半島に抱かれ、中央に鹿児島のシンボル・桜島を囲む錦江湾。黒潮が流れ込み、栄養豊富なこの海は、まさに天然の養殖場です。
また、漁港・市場・消費地の距離が近いのも特長で、鹿児島中央卸売市場は鮮度抜群の海の幸が集まり、威勢のいい掛け声とともに市内各地の鮮魚店や飲食店へと流れていきます。
鹿児島はきびなごが有名ですが、ミナミマグロなどのまぐろの漁獲高は日本一ですし、ブリやヒラメなどの養殖も盛んです。
自然が生み出す最高の肴で一献傾けるならば、鹿児島中央駅徒歩3分の魚処「魚福」がおすすめ。JR鹿児島本線沿いにあり、駅近くでありながら落ち着きのある飲み屋街の一軒です。
踏切が店のとなりにあり、店に明かりが灯るころ、帰宅を急ぐ人たちで混み合う列車の本数も増え、そんな都市の活気も飲みの心をかきたてます。
看板建築の建物で、店先の手入れも行き届き、「期待が持てる店」の佇まい。
店は一階が飛び込みのお客さん向け。厨房をまえにしたカウンターは特等席です。テーブル席と、お座敷も備えます。二階は宴会ができる広間を有しており、平日でも宴会客のお父さんたちが次々二階へと案内されていきます。
まず目に飛び込んでくるのは、毎朝店主が市場に出向き仕入れてくる鹿児島の海の幸。買参権を持つご主人は、みずからの目でみて、居酒屋価格で提供できる品を見極めて、それをその日のメニューにしています。
漁業関係者のファンも多いそうで、ここはまるで鹿児島魚河岸の派出所です。
メニューは見開きが一枚ありますが、毎日の仕入れで内容もかわることから情報は少ない。一人でちょいと一献ならば2,000円の”だれやめセット”がおすすめ。ちなみに、だれやめとは鹿児島弁で晩酌の意味。
せっかく錦江湾を味わいに来たと言うならば、大将に相談して決めてみては。ショーケースに並ぶ魚から、「これは刺身で食べるの?」など聞いてみるのも楽しいです。
地元の人たちの間でも魚名人として知られる大将。まさに職人といった方なのですが、お話も楽しく、旅路の夜を盛り上げてくれるはずです。
箸袋の”日本人は魚”の主張に心意気を感じます。まずはお通しの枝豆をおつまみに、生ビールで乾杯です。
ビールは生・びん共にアサヒスーパードライ。ディスペンサーの洗浄もよく、一口目のビールから、料理への期待も高まります。
魚福を堪能するならば、1品目は1,800円~の刺身盛り合わせがおすすめ。生サバ、赤貝、生まぐろ、鯛など、その質の良さは食べる前から伝わってきます。ワサビを軽く載せ、鹿児島の醤油を一滴つけて頬張れば、旅の疲れも吹き飛んでしまいます。
鹿児島に来たら、ビールもそこそこにやはり焼酎をあわせたい。グラス売りではなく、徳利で1合・2合と提供するのが鹿児島の基本形。霧島や伊佐の焼酎が揃い、さつま島美人や定番の黒伊佐錦で酔いを進めたい。
きびなごは初夏と冬、二回の旬があると言われていますが、鹿児島市内の酒場に言わせれば「薩摩の帯小魚は一年中美味しい」のだそう。ワサビや醤油ではなく、辛子味噌で食べるのが鹿児島流です。
爽やかな海の旨味に甘酸っぱくさらっとした辛子味噌が交差しすっきりした余韻。そこに芋焼酎をくいっと飲めば実にいい気分。きびなご刺しには常圧芋焼酎のお湯割りが伝統的な組み合わせなのですが、今の季節は減圧のロックのほうが筆者は好みです。
ショーケースの中にはいる20cmほどの大きく平たい海老はウチワエビ。東京では滅多にみない独特な形状。伊勢海老ににたほんのり甘い味で、軽くマヨネーズをつけるようなラフな食べ方が、焼酎を一層引き立てます。可食部が多く、濃厚で美味な割に価格も手頃で、まさに酒場らしい一品です。
酒場らしい珍味といえば、亀の手が大皿に盛られてカウンターに鎮座。東京の居酒屋でも主に九州産の亀の手が並びますが、さすが鹿児島。まるで枝豆感覚で用意されています。
イソギンチャクだか貝類のように見えませんか。実は甲殻類の一種だそうで、むしると中から小さな身がでてきます。これをちゅるっと吸い付くように食べて、磯の風味と絶妙な苦味とコクを楽しみます。まさに大人の味で、これもまた焼酎とよくあいます。
家族経営で、大将を中心に皆さんで切り盛りされている魚福。魚介類だけでなく土地の定番家庭料理も豊富。
荒天などにより市場にいい魚がないと店を開けない日もあるそうで、台風の季節はご注意を。
鹿児島の職人技に酔いしれる名酒場で、錦江湾で一献いかがでしょう。きっと、素敵な酔いが楽しめます。
ごちそうさま。
(取材・文・撮影/塩見 なゆ)
魚処 魚福
099-257-0757
鹿児島県鹿児島市西田2-11-2
17:00~22:30(日定休・魚河岸の状況によって不定休)
予算3,500円