そろそろ鍋の季節。皆さんはもう鍋で一献かたむけましたか。
東京には様々な鍋の店がありますが、やはり歴史ある名店は一度は訪れたいもの。鳥すき焼きならば、1897年(明治30年)頃創業の神田須田町・いや、昔の町名で連雀町の「ぼたん」は東京を代表する味のひとつなので、ぜひ経験して欲しいもの。
千葉県産の錦爽鶏(きんそうどり)をまるまる一羽つかった鳥のすき焼き専門店で、建物は都の歴史的建造物に指定されている風格ある空間で味わえます。戦災を免れた貴重な地域で、この界隈にはほかにも9軒ほどの老舗が残り、時間旅行が楽しめます。
一人一人前の鳥すき焼きが基本で、それに追加する形でいくつかお酒の肴になる小鉢が用意されています。すき焼きが7,300円と高級なお店ではありますが、実は11:30の口開けから21時の看板まで通しでやっている昼酒処なのです。
“株屋にいたころ、僚友井上留吉とわたしは、神田や上野の寄席へ行く前に、よく、この〔ぼたん〕へきて鳥鍋を食べたものだ。”(食卓の情景:新潮文庫)と、食通の池波正太郎も昼酒として利用していたことが書かれています。
早い時間に、文化財ともいえる店でちょいとビールや御酒を飲みながらだらりと過ごすというのは実に贅沢な気分です。
東京の老舗は鰻屋もどじょう屋も、どうしてかお膳が小さいですね。そこにこちょこちょと色々なものが乗ったり、間に火鉢が挟まったり、江戸時代のすべてが一回り小さかった時代がいまも現役です。
鳥すき焼きのセットをもって着物姿のお姉さんがやってきて、最初の一通りの調理はおまかせでやってくれるので、その間に飲むのがいい。落語の枕で、「人が働いているのを見ながら飲むお酒がなにより美味しい」と言う噺家がいますが、まさにそれ。
100年以上、ずっと変わらないぼたんとキリンの組み合わせ。老舗で飲むラガーの瓶(800円)は格別です。乾杯。
すのものとみつば和え、鶏料理の小鉢がいろいろあり、もつ焼きや卵焼き、竜田揚げなんていうものもあります。ちょいちょいとつまみながら鍋ができる様子を眺める、気分が高まるひとときです。
お酒はビールと日本酒、焼酎、そして国産アィスキーの4種類だけと絞られていますが、老舗の味にはそれくらいで十分ではないかといつも思います。空間に広がるすき焼きの甘い香りが、もうそれだけでお酒を進めてくれます。
牡丹の文字が書かれた浅い鉄鍋には、鶏を一羽つかっているからこその、鶏皮やレバー・砂肝・ハツといったモツもはいっています。この浅い鍋のスタイルは桜鍋の老舗やどじよう屋でもみられる古典的な鍋の姿。
はい、できあがり。溶かした卵にさっとくぐらせて頬張れば、もう笑顔は間違いない。甘く醤油もしっかり入ったメリハリのきいた味で、それが鶏にたっぷりと絡み、口の中は美味しさでいっぱいになる、そこにビアタンに入ったラガーをくっくっと合わせれば、「いいねー」と言わない人はいないでしょう。
長ねぎと白滝、焼き豆腐、鶏肉以外はシンプルな顔ぶれこそ江戸流。深く大きな鍋で根菜をたっぷり入れてぐつぐつ煮るものとは違う、どこかキリっとした感じが好き。つくねは席の横で手際よくお姉さんがまとめてくれたもので、あとは自分の好みのタイミングで鍋に入れて食べればいいというもの。焼鳥の「つくね」の原点とも言うべき挽肉団子は、鶏好きならば一度は食べておくべきもの。
結構なボリュームで、大満足。最後にはお漬物とご飯がでてきて、すき焼きの残りを軽くごはんの上にのせ、シメご飯も楽しめます。今回はもうちょっと飲みたいので、ビールのリピートを続けましょう。
歴史的建造物の中で、火鉢と鉄鍋、そして瓶ビール。大切にしたい飲食店の風景だと思いませんか。
変わらぬ鍋に日本酒やビール、気取らないけれどきりっと背筋がのびた接客。建物はもちろんよいのだけど、ここで流れている時間こそ価値があるように感じます。
この景色がつぎの100年もずっと変わらずありますように。ごちそうさま。
(取材・文・撮影/塩見 なゆ 取材協力/キリンビールマーケティング株式会社)
ぼたん
03-3251-0577
東京都千代田区神田須田町1-15
11:30~21:00(日祝定休)
予算8,000円