名店揃いの飯田橋・神楽坂エリア。老舗も多いですが、鰻など少し背筋を伸ばして訪れたい店が多く、普段着でふらりと立ち寄れる安心感のある店は案外少ないものです。そこで頼りになるのが『翁庵』。創業はなんと1884年(明治17年)。気取らない雰囲気で、昼から蕎麦前を楽しめる貴重な一軒です。
鹿鳴館時代から続いてきた、神楽坂の大衆蕎麦店

文明開化の音が聞こえる明治の世に産声をあげ、140年以上の歴史を刻んできた『翁庵』。上野にある明治32年創業の同名の老舗も、ここ神楽坂からの暖簾分け。100年以上前に分かれた両店が、今なお東京を代表する街で愛され続けているのは素晴らしいことではないでしょうか。
飯田橋駅から神楽坂下へ向かう賑やかな通り沿いですが、少し奥まった店構えは、知らなければ通り過ぎてしまいそう。しかし、その控えめな佇まいこそが、地元で働く人々や、お昼からお酒を楽しむご隠居さんたちに愛される理由のひとつかもしれません。

店内は、地方都市にあるような、ゆったりとした時間が流れる空間。広々としたテーブル席と小上がりがあり、ここが新宿区であることを忘れさせてくれます。派手さはありませんが、清潔に保たれた空間は実に居心地がよいです。
嬉しいことに通し営業なので、遅い昼食から早い夕飲みまで、様々なシーンで活躍してくれます。
蕎麦屋のスター選手が集結した一杯

まずはキリンラガービールの中瓶を。きりりと冷えたラガーが喉を潤します。お通しとしてお新香が添えられるのが嬉しい心遣い。これを肴に、ゆるりとした蕎麦前の時間が始まります。それでは乾杯。
そこそこ楽しんで、それでは主役に登場してもらいましょう!

品書きには魅力的なつまみや蕎麦が並びますが、今日の目当ては「かつカレー南ばん蕎麦」。こんな”もり過ぎ”感のある一杯なのに、税込み1,100円というのはかなり良心的です。

カレー南ばんがあり、カツ丼がある。蕎麦屋としては自然な流れですが、「かつ」と「カレー南ばん」を一杯の丼で合体させたこの一品は、ありそうでなかった組み合わせ。

蕎麦屋のスター選手をすべて盛り付けたような大衆感に、思わず笑ってしまいます。

運ばれてきた丼は、出汁の香りが効いた黒いカレーつゆで満たされています。その下には細打ちの蕎麦が敷かれ、主役のとんかつが鎮座。この店のとんかつは、蕎麦つゆと馴染むように計算された、細かな衣が特長です。

温かい蕎麦つゆは注がれておらず、丼の中にあるのはこのカレーつゆのみ。そのため、熱々でありながら蕎麦が伸びにくく、ビールを飲みながら自分のペースでつまみのように楽しめるのです。

とろりとした和風カレー餡が染み込んだカツは、それだけで立派なお酒の肴。最後に蕎麦を手繰れば、出汁とスパイス、そしてカツから染み出た旨味が一体となって口の中に広がります。
いつまでも続いてほしい大衆の味方
店の名物「かつ蕎麦」は、東京理科大の学生の「カツ丼も蕎麦も食べたい」というわがままに応えるかたちで生まれたと聞きます。お客さんの想いに寄り添うその姿勢が、時代を超えて愛される料理を生み出したのでしょうね。
「かつカレー南ばん蕎麦」は、そんなかつそばの進化形。
いつまでもこの場所で、変わらぬ味と温かい雰囲気を提供し続けてほしい。そう願わずにはいられない、神楽坂の名店です。
店舗詳細


店名 | 翁庵 |
住所 | 東京都新宿区神楽坂1丁目10 |
営業時間 | 11時00分~22時00分 |
創業 | 1884年 |