新宿『岐阜屋』年中無休、いつだって迎えてくれる成熟した新宿中華。

新宿『岐阜屋』年中無休、いつだって迎えてくれる成熟した新宿中華。

2019年12月31日

最初に岐阜屋を訪れたのはいつだっただろう。思い出せないほど通い、いろんな思い出をこの店に溜め込んできました。

ここは新宿西口駅前、大ガード横の小さな飲み屋街「新宿思い出横丁」。旧青梅街道と大ガードに挟まれた100坪ほどの土地に70軒もの飲食店が連なるこの一画は、東京を代表する飲み屋街として知られ、近年は外国人旅行者の姿も非常に増えています。

10年ほど前までは、思い出横丁はいまほど世間一般に注目されておらず、夕方の早い時間から飲みたいジャンパー姿のお父さんたちが主なお客さんでした。新宿という街に関わるあらゆる職業の方がここに集い、各々にお気に入りの店を1軒ないし2軒訪ね、それから新宿のネオンに潜っていきました。

いまの思い出横丁にはあの頃の坩堝(るつぼ)的な、新宿を煮しめた気配はだいぶ薄まってしまいました。ですが、私が飲み始めた15年前や、さらに昔、酒場の先輩方が通い続けた昭和うまれの酒場は今も数多く残り、変わらない味で楽しませてくれます。

岐阜屋も変わらない店のひとつ。1947年(昭和22年)創業です。闇市がルーツの思い出横丁の歴史の中にずっと岐阜屋がありました。戦後復興、新宿西口開発…、この街の胃袋を支えてきたメシ屋を描くならば、岐阜屋が似合いそうです。創業者が岐阜の出身だから岐阜屋、同郷の人が飲みに来てくれるからだそう。

闇市の小さな中華は評判になり増築を重ね、思い出横丁では唯一、中通りと線路通りの両側に入り口を持つ”筒型”の店舗に。両側の道路は高低差があるため、お店も店内に70cmほどの段差があります。また、不自然に出っ張ったカウンター席などからも、昭和らしい限界ギリギリの増床の痕跡をみることができます。

テーブル席はなく、すべてがカウンター。いわゆる酒場のコの字の配置で、お客さん同士の不思議な一体感があります。街の中華でここまで大きなコの字は他にあるでしょうか。

自家製の平打麺をつかったラーメンや焼きそばが中華屋らしさを感じますが、お客さんの注文は圧倒的にお酒とおつまみ。だいたい、ビールや酎ハイと炒めものといった組み合わせです。

ビール(大瓶640円・岐阜屋は税込表記)は昔からずっとキリン。一番搾り、キリンラガー、キリン一番搾り<黒生>、季節によってはとれたてホップ一番搾りなどが加わります。小瓶(460円)もありますが、ほとんどのお客さんが大瓶を頼むので、瓶ビールの街路樹がカウンターに生え揃います。

数え切れないほど岐阜屋で飲んでいます。筆者が人生で一番通った中華なので、食べるものはだいたい決まってしまっています。たとえばこのシューマイ(480円)。岐阜屋には蒸し器がないので、麺を茹でる鍋でいっしょくたに茹でられる「茹でシューマイ」。豚肉がみっちり詰まっていて歯ごたえがあり、旨味も強いです。茹でているので、皮のフニフニした食感もポイント。

餃子(410円)ももちろん自家製。昨今の餃子ブームで、具材にこだわったものや肉汁滴る大ぶり餃子などが注目されましたが、岐阜屋の餃子は極めて普通。いいんです、70年続く闇市由来の横丁餃子が派手だったらびっくりしちゃうでしょう。これがちょうどいいのです。

そこにすかさず、口に運ぶ酎ハイ(410円)。甘さゼロ、辛口の酎ハイにはカットレモンが1つというのが岐阜屋の酎ハイ。アサヒビール社の業務用焼酎「酎五郎25度」をタンクに移し、酎ハイサーバーから炭酸と混ぜて抽出するもので、炭酸が強く良く冷えています。

ちょっとした名物料理になったのが木耳卵とじ炒め(580円)。岐阜屋の木耳はかなり大きく肉厚。これにラーメンなどに使う自家製万能鶏だし、うま味調味料を加えて強火で豪快に炒めたもの。ちなみに、木須肉(むーすーろ)では通じません。

店長をはじめ調理担当の皆さんは、常連さんと簡単な会話もこなしながら、何杯も作り上げていきます。いやいや、さすが。そんな様子もまたビール・酎ハイ・紹興酒が進みます。

最近の好きな組み合わせはこちら。トマト玉子炒め(630円)と蒸し鶏(430円)。トマト玉子炒めは木耳玉子にトマトが入ったもの。こっちにも大きな木耳が入るので、630円ながら、とっても贅沢気分。

お腹が空いているならチャーハン(630円)という選択肢も。チャーハンはビールのおつまみになります、とくに岐阜屋のチャーハンは味が濃いのでビールが必須です。

などなど、岐阜屋の料理の話はキリがありません。だって、10代から通って、一昨日も年末の挨拶がてら飲んできたくらいですから。でも、長くなるのでこのへんで。

岐阜屋は年末年始も休まず営業します。営業時間は朝9時から深夜1時ごろまで。真夜中以外、いつだって受け入れてくれる、とーんと構えた岐阜屋の存在は、いかにも新宿らしいといえます。お客さんも、ここ岐阜屋にはいまでも新宿界隈で働くあらゆる職業の人が集い、”職前・職後”の飲酒を楽しまれています。

ごちそうさま。

(取材・文・撮影/塩見 なゆ)

住所東京都新宿区西新宿1丁目2−14
営業時間9:00~翌1:00(木金土は2時まで)年末年始含む年中無休
創業1947年