国民的映画「男はつらいよ」の舞台、葛飾柴又。帝釈天へ続く参道には、今も古き良き日本の賑わいが残ります。ごま油の香りに誘われて暖簾をくぐれば、そこは寅さんを演じた渥美清さんや山田洋次監督が愛した食堂『大和家』。名物の天丼をつまみに、キリンラガーで喉を潤す。下町で過ごす最高の休日が、ここにあります。
寅さんのいる町へ、京成金町線に揺られて
都心から少し足を伸ばし、京成高砂駅へ。柴又・金町を結ぶ京成金町線は同じ京成線ながらホームが異なり、改札口もわかりています。15分間隔という23区としては本数の少ないローカル線に乗車。旅はもう始まっています。
ガタンゴトンと心地よいリズムを刻む短い4両編成の電車は、どこか懐かしい空気を運んできます。柴又駅に降り立てば、寅さんとさくらの像が「おかえり」と迎えてくれる。平成に育った私にとって、柴又駅は映画館で観たことのある景色です。

帝釈天へと続く参道は、草だんごや手焼きせんべいの店が軒を連ね、歩くだけで心が弾みます。そんな賑わいの中、ひときわ食欲をそそる香りが漂ってきました。ごま油がぱちぱちと弾ける音と香ばしい匂い。この香りの源が、1885年(明治18年)創業の老舗食堂『大和家』です。

店先では、熟練の職人さんが休むことなく大鍋で天ぷらを揚げ続けています。その姿は、参道の風景にすっかり溶け込んでいます。山田洋次監督や渥美清さんをはじめ、多くの映画関係者が撮影の合間にここの味を楽しみに通ったというのも頷けます。

店内は、昭和の時間が流れるような、落ち着いた雰囲気。壁には長年の油で少し色づいた山田監督のサインや写真が飾られ、この店が映画とともに歩んできたことを感じ取れます。
黒い天丼にはガツンとくるキリンラガー
まずは瓶ビールをお願いします。お願いしたのはキリンラガービール。柴又の空気の中で飲むラガーは、また格別です。トクトクとグラスに注いで、それでは乾杯!

しばらくすると運ばれてきました。お待ちかねの天丼の登場です。

甘辛いタレの香りがふわりと立ち上ります。目に飛び込んでくるのは、タレをたっぷりと吸った真っ黒な天ぷら。初めて見る方は驚くかもしれませんが、これこそが『大和家』の、そして古き時代の江戸前天丼の姿なんです。
山田洋次監督から「このカタチを変えないで」と言われたというこの天丼。その言葉を守り、創業以来の味を貫いています。主役は、もちろん天然ものの大ぶりの海老。今のご時世に天然ものというのが嬉しい。そしてキスやシシトウが脇を固めます。
衣は、サクッと軽やかというよりは、タレと一体になるために計算された、しっかりとした存在感があります。濃厚なタレのコクとごま油の風味が広がり、すぐさまビールのグラスに手が伸びます。
「これは日本酒もいかないとお酒が足りないぞ」

まさに「天丼をつまみに飲む」という、最高の昼飲みの時間が流れていきます。

驚くべきは、これだけ濃厚な味わいでありながら、ネタの海老はふっくらと柔らかいこと。ご年配の常連さんが多いのも納得です。
食材は、長年付き合いのある魚河岸から仕入れる天種と、20年以上使い続けているという秋田県大潟村産の「あきたこまち」。シンプルにみえて隅々に思いが詰まっているように感じます。
実は映画の寅さんは天ぷらが嫌いな設定(作中のセリフにもありました)なのですが、演じた渥美清さんご本人は、この『大和家』の天丼が大好きだったそうです。
ごちそうさま

明治から続く老舗の味は、頑固なまでに「変わらないこと」を貫く、職人の心意気の味でした。帝釈天にお参りし、寅さんの世界に思いを馳せ、仕上げに『大和家』などの老舗で”ごちそう”をいただく。柴又の楽しみ方は、これに尽きるのではないでしょうか。京成電車を乗り継いで、わざわざ訪れる価値のある一軒です。
店舗詳細
品書き
- 瓶ビール中瓶 アサヒスーパードライ・キリンラガービール 770円
- 酒 660円
- おでん 660円
- 天丼 並 1,200円 上 1,760円
- 天ぷらごはん 並 1,760円 上 2,200円
店名 | 大和家(やまとや) |
住所 | 東京都葛飾区柴又7-7-4 |
営業時間 | 11時00分~17時00分 |
創業 | 1885年 |