アメリカ合衆国の首都、ワシントンD.C.。ホワイトハウスや合衆国議会議事堂、ワシントン記念塔を中心としたナショナル・モールなどの巨大建造物が並ぶ整然としたイメージがありますが、ジョージタウンというエリアにはアメリカの田舎町のような街並みが広がっています。
ダウンタウンやモール地区がワシントンD.C.を「ON」の街とするならば、ジョージタウンは「OFF」の街。D.C.で働く政治家や連邦政府職員が暮らす街がジョージタウンです。
その街並みは首都ワシントンとは思えないほど閑静で、イギリス風の低層建築がひたすら続きます。この街にD.C.最古の個人経営居酒屋があることはある意味当然かも知れません。その名は「Martin’s Tavern」、日本語でいえばマーティンの居酒屋。大恐慌真っ只中の1933年に創業しました。ここはD.C.で働くあらゆる立場の人に乗って、ふるさとの酒場となっていきます。
ホワイトハウスから路線バスで15分。世界に誇るD.C.で、こんな街並みが残っていることは違和感すら感じます。ただ、立ち並ぶ商店にはアップルやコーチといったアメリカを代表するブランドが軒を連ねることで、ここが首都の商店街であることを再認識させてくれます。
IT産業の一大拠点サンフランシスコ、農作物流通のコアであるシカゴ、経済の中心、ニューヨーク。そしてD.C.は連邦政府の中心。ジョージタウンはそんなD.C.の日常が繰り広げられているところ。目指す「Martin’s Tavern」をはじめ、この街には様々な伝説が残されています。
夕暮れの帰宅ラッシュがはじまるジョージタウン。街で一番古い「Martin’s Tavern」は、すでに早退きの皆さんがお酒を楽しんでいます。
ちょうど前日にMLB(メジャーリーグベースボール)の試合がありD.C.のチーム「ワシントン・ナショナルズ」が勝利したばかりなので、レストランやバーはお祝いムードです。
いらっしゃい、と遠くカウンターから私を見つけてくれたのが女将さん。名物ママで、常連さんみんなにとってのママだと支持されています。
文化・風習、料理の内容も異なりますが、雰囲気は日本の居酒屋と瓜二つ。常連さんが集うカウンターは、各々約束をしていなくてもいつもの時間にいつもの顔ぶれが集まると教えてくれました。
料理は典型的なアメリカのダイナーフード(メニュー<公式サイト>)。お酒はバドワイザー、ミラー、アンカーブリューイングとアメリカビールのドラフトが並び、カリフォルニアワインやバーボンも有名銘柄が一通り揃っています。常連さんたちに人気はママがつくるカクテルで、「旅行で来たなら、どこでも飲めるビールよりもママのカクテルを飲んでみて」と常連さんにもおすすめされました。
選んだカクテルは「ファーストレディ」。ファーストレディは1910年代にロンドンで考案されたドライ・ジンのシェイクカクテルですが、「Martin’s Tavern」はジンベースにマラスキーノ・チェリー、シャンパンという組み合わせ。美しく華やかな見た目と、しっかり芯のあるアルコールが夕暮れの心に染み込んでいきます。
さて、ワシントンD.C.だからファーストレディというありふれたチェイスだったわけではありません。
ワシントンD.C.のオフの場として首都とともに歴史を歩んできたこの居酒屋にはいくつもの逸話があります。そのひとつが、このテーブル。
第35代アメリカ合衆国大統領、ジョン・F・ケネディが好んで使っていたブース。1953年6月24日、のちにファーストレディとなるジャクリーンにプロポーズをしたのもここでした。以来、「The Proposal Booth」と呼ばれ、プロポーズの定番スポットになっているそうです。そんなお店で飲むカクテル・ファーストレディは、ちょっと特別な味がした気がします。
トルーマン元大統領からオバマ元大統領まで、歴代の大統領が議員時代に愛用してきた「Martin’s Tavern」。そう聞くと、たいそう仰々しい場所に思えるかもしれませんが、実際は非常に庶民的で、人のぬくもりに溢れた酒場でした。
ジョージタウンは政治家だけでなく、政府関係者も多く暮らす地域。レストルームへ向かう階段の横、「DUG OUT」と書かれた小部屋は、その昔、表立って会食することができなかったCIAエージェント専用の隠し部屋だったそう。正面玄関を使わずにお店に出入りできるそうで、ここにも多くの”噂”があるのだと常連さん。現在は誰でも利用できるので、”イーサン・ハント”気分でビールを傾けてみては。
ニクソン大統領の好物「ミートローフ」など、歴代大統領の好みを体験するもよし、古典的なハンバーガーを頬張るもよし。D.C.は健康志向が高いのか、サラダが充実していたのも嬉しいところ。
さて、非常に美味しかったのがこの「ブラッディ・メアリー」。潰したてセロリ&フレッシュトマトと大量のウォッカ、フレッシュライムと多きなオリーブをトッピングしたもので、しっかりピリ辛。さらにタバスコと塩、胡椒を振りかけるのが美味しさの決め手さ、とママ。
飲むほどに元気になるような野菜の酸味と目が覚めるエッジある味わい。そして確実に効いてくるウォッカ。お店のわいわいにぎやかなムードもあいまって、なんだかよくわからないハッピーな気分になってきました。
一人客同士、カウンターで並べば和気あいあい盛り上がるのは万国共通です。美味しいカクテルと手作り料理は言葉の壁をこえて一体感をつくる魔法のアイテム。
スミソニアン博物館では感じ取ることのできなかった、リアルなアメリカの酒場感を満喫するひとときでした。酒場好きならばきっと楽しめるワシントンD.C.のおすすめのスポットです。
ごちそうさま。
(取材・文・撮影/塩見 なゆ)
Martin’s Tavern
https://www.martinstavern.com/ern.com
+1 202-333-7370
1264 Wisconsin Ave NW, Washington, DC 20007 アメリカ合衆国
11:00~25:30(土日は8:00~・基本無休)
予算$28