神保町と神田駅の間に広がるオフィス街は高層ビルこそないものの、中小の雑居ビルや中堅企業の本社が建ち並び、夕暮れとともに街はたくさんの会社員でにぎやかになります。
人々が目指すのは、案外、JR神田駅前の居酒屋ではなく、オフィスビルの間にぽつぽつりと明かりを灯す、小さな割烹や蕎麦屋だったりましす。老舗の居酒屋が点在するこの界隈、長年神田で働くベテラン会社員の方には、それぞれ先輩から引き継いできた行きつけがあります。
そんなベテランさんが魚を食べに集うお店が、老舗大衆割烹の「鳥千」です。神田の街は、みんなに愛されてきた大箱の老舗大衆割烹がここ数年で何軒も暖簾を畳んでしまいましたが、鳥千はまだまだとっても元気です。
“鳥千”の名のごとく、焼き鳥の店。ですが、青いファサードに書かれた「旬の魚味わえます」の通り、魚に強いこだわりを持つ大将のお店です。
さりげなく店頭にはられている品書きには、氷見のブリや明石の真鯛、愛知のスズキなど、魚好きのテンションを高める名前がずらり。すっぽん鍋やくじら料理の用意があるというのもいいじゃないですか。
家族経営のコンパクトな酒場。厨房に向いたカウンター席と、テーブルが数卓という典型的な飲み屋のつくり。17時の口開けすぐに暖簾をくぐったもの、すでに先行ではじめているスーツ姿のお父さんたちがいました。さすが、ベテランさん。
樽生はサッポロ黒ラベル、瓶で黒ラベルと赤星を用意。鳥千は長年にわたり、サッポロ一筋。トトトと注いででは乾杯!
大衆割烹や鮮魚酒場好きならば、きっとワクワクするに違いない、この品書きたち。白エビのかき揚げにしようか、穴子柳川なんていう選択もあり…と、心のなかで独り言が続きます。
お通しの生のりしらすが美味しく、期待が高まります。
優しい笑顔で接してくれる女将さんに進められ、やはりお刺身から始めようということに。「今日のお刺身はホワイトボードにあるからね」と。イチオシはカツオですね。
一人で食べられる量でとお願いした刺身盛り合わせ。カツオ、しめ鯖、本マグロ、真鯛。それぞれ食材に合わせた仕事がほどこされた美しいお刺身たちです。
ここのお刺身は、正直にめちゃくちゃ美味しい。鮮度抜群で脂ののったカツオは、これを食べると他でカツオ刺しを頼めなくなりそうなほど。ねっとり濃厚の本マグロ赤身もなかなかに上質、浅〆のしめ鯖は酸味はわずかでコク深い味わい。ベテランのお父さんたちがお刺身を目当てに集まる理由は、ひとくち食べれば納得です。
お酒の品揃えが予想以上に多く、地酒が20種類ほどあります。そしてびっくりするほどリーズナブル。1合入るビアタンでぐっと味わう冷酒は380円です。目の前で一升瓶からそそいでくれました。
いくつかある冷酒用の一杯売りから、青森県おいらせ町の酒蔵・桃川がつくる地酒「ねぶた」をチョイス。青森らしいすっきりとした味と優しい米の余韻が続くお酒です。同酒蔵のキャッチコピーは、「いい酒は朝がしっている」。
さてさて、女将さんおすすめ、「鳥千」の刺身と並ぶ人気料理は、自家製さつまあげの「丸天」。通常2コで650円ですが、一人飲みなので一個にしてもらいました。女将さんのそんな気遣いが続くので、飲んでいて癒やされます。東北の素朴な小料理屋で女将さんに良くしてもらっているような、あの感じ。
ふっくらしていて、低反発枕のようにたぷたぷ柔らかな丸天。嵩(かさ)が結構あるので一人一個でも多いかも…と思うのは最初だけ。
気づいたらお酒をあまり挟むことなく夢中になり、ぺろりとたいらげてしまいました。イカの切り身などの魚介類、野菜をたっぷりのすり身とあわせたこの味、クセになります。
まぐろメンチも名物なのですが、丸天とややかぶるので悩ましいところ。
今日は立派な米ナスが入っているそう。鶏そぼろの味付けは飲兵衛ごのみの濃い味で、軽く素揚げした米ナスと相性バツグン。昔ながらのたっぷりはいる中ジョッキでつくられたお茶割りが進みます。
店内のテレビでBGMがわりにつけられた夕方の情報番組を聞き流しながら、モノよし鮮度よしの魚介類を中心とした美味しい料理と東北の地酒をじっくり楽しむひととき。会社帰り黒帯飲兵衛の皆さんが通われる理由に納得です。
駅から離れたオフィス街で静かに灯る「鳥千」の看板。外からは様子がわからないので敷居を高く感じるかもしれませんが、優しい女将さんが待っていますからぜひ覗いてみてください。
ごちそうさま
(取材・文・撮影/塩見 なゆ)
鳥千
03-3252-2670
東京都千代田区神田多町2-5-1
17:00~(平日営業)
予算3,000円