広島県東部、瀬戸内海に面した中核市、福山。
福山市によると、市が誕生した1916年(大正5年)の人口は32,356人。それが現在は約46万人が暮らす中国地方で第三位の都市にまで成長しています。街の急速な成長は戦後になってからのことで、山陰・四国、そして山陽各都市を結ぶ交通の要衝であり、沿岸部では単一工場としては世界最大と言われた日本鋼管福山製鉄所、現在のJFEスチール西日本製鉄所をはじめとした重工業が次々と誕生し、産業都市として成長は加速しました。
そんな福山の駅近くで70年近く続く老舗があります。1951年(昭和26年)創業の「自由軒」です。戦後の復興と成長の中で、多くの人々のお腹を満たし、お酒で潤してきた食堂です。店名の自由軒には戦後復興期らしさがあります。
1975年には山陽新幹線が開通。現在、福山駅には山陽新幹線「のぞみ」も停車し、東京から3時間30分で行けるようになりました。市の中心部でもある駅前は、全国展開をする企業の支店や行政機関が集中し、中国地方を代表する百貨店「天満屋」も店を構えています。
駅周辺には立派なアーケードや、活気のある飲み屋街が広がっています。
天満屋の横に、目指す「自由軒」はあります。駅と店の間にドンと百貨店が挟まるような構図ですが、1948年(昭和23年)開業の天満屋のほうが先にできています。
店に入るまで少し長くなりましたが、さあ店内へ。開店は11時30分頃からで、なんとお昼から通しで営業しています。地方都市を訪ねる際に、通しで営業している老舗酒場があったらどんなに嬉しいことか。自由軒は福山のオアシスです。
自由軒という店名のように、大衆酒場というよりは洋食や中華も出す食堂寄りの店。ですが、店内はコの字のカウンターのみのつくりで、雰囲気は大衆酒場そのものです。ただ、訪れている常連さんたちの顔ぶれは、早い時間は意外にも天満屋でのショッピング帰りのマダムや、市内へおつかいに来た家族の姿もあって、デパートの特別食堂のようでもあります。
まずはともかくキリンの生ビール(600円)。だいぶ傾いた太陽が暖簾を越しにビールを黄金色に照らします。あぁ、いいですね。乾杯!
瓶ビールではアサヒスーパードライとキリンラガー(大びん600円)。日本酒(350円)は福山の酒「天保一」が定番。冷酒では酔心本醸造生貯蔵酒をおいています。タンサン系は、サントリーの角ハイボール(500円)です。
壁一面に貼られた品書き。両側の壁にあるので、360度ぐるりと見渡さなくては、なにか大切なものを見落とすかも。
冷蔵ショーケースで小鉢のもられて用意されている日替わりの料理。ホワイトボードにも書かれています。
ベテラン大将と元気な女将さん、そして割烹着姿のお姉さんたちで切り盛りされていて活気があります。常に用意されているおでんが店の看板料理で、甘味噌を載せていただきます。コクのある味噌は山椒や陳皮、ゴマの風味があり、日本酒を飲ませてくれる味です。
こちらはすじ(300円)。おでん鍋でクタクタと煮込まれた串打ちしていない牛すじをさっとすくい上げ、味噌をかけてできあがり。タレの深みとトロトロのスジの旨味がよくマッチしています。
冷蔵ケースから取り出した次のおつまみはシャコ酢。瀬戸内海周辺の酒場ではおなじみの土地の味です。ほかにも、酢味噌で食べるちいちいいか(べいか・400円)やねぶ唐揚げとといった福山らしい海の幸も揃います。
ちょっとした小鉢は2~300円で用意されていて、定食や丼ものの追加のおかずにする人もいれば、こうして肴としてのんびり摘む人も。
おとなり三原のお酒「酔心」。全国区な銘柄ですが、やはり土地の空気を吸い、地元の人々の会話を聞き、当地の魚と合わせるのは格別です。旨口軽快、スタンダードな味で、恒常的な美味しさです。
おばいけは、ぜひ食べておきたい古くからの土地の味。一般的にはさらしくじらのほうが知られた呼び方ですね。塩付したクジラの皮に近い部分を湯引きにして、酢味噌でいただきます。
しまなみ海道経由で四国へ渡る玄関口でもある福山市。自由軒を素通りしてしまうのはあまりにももったいないことです。
ごちそうさま。
(取材・文・撮影/塩見 なゆ)
自由軒
084-925-0749
広島県福山市元町6-3
11:30~22:00(火定休)
予算1,500円