昭和14年創業の八重洲『ふくべ』が建て替えをおこない、2022年12月19日に営業を再開。店を仕切る壁や菊正宗の樽など、かつての面影を残した店内は、常連客の笑顔で埋め尽くされました。奇をてらったものは一切ない、正統派の日本酒の店が、今再び注目されています。
目次
大人の居場所「ふくべ」が帰ってきた
東京在住で、日本酒と老舗酒場が好きな人ならば、一度は訪ねたことがあるであろう名酒場『ふくべ』。創業は1939年(昭和14年)と古く、復興、バブル、流行り病と激動する世界を生き抜く人たちのオアシスであり続けました。東京駅前という立地もあり、お客さんの多くは日本酒好きな背広を着たお父さんたちばかり。大人の居場所で、はじめて入ったときは緊張したものです。
2022年1月28日、ふくべは建て替えのため、一旦暖簾をしまい建物の解体が始まりました。もともと使っていた建物は1964年に建てられたものと聞きますが、味わいのあった店は跡形もなく片付けられてしまったのです。
それから待つこと11ヶ月。八重洲に来る度に『ふくべ』が建てられていく様子を期待半分、不安半分で見守っていました。
12月19日(月)、ついに営業再開。昨今の自粛に加え、建て替えでさらに待つことになった『ふくべ』が本格始動しました。長く待っていた常連さんたちが次々と訪ね、再開翌日は17時から満席になる賑わいとなりました。
歴史ある名酒場と聞くと敷居が高いと思われるかもしれませんが、適度に緊張感を持って、背筋を伸ばし銘々盆とお銚子・お猪口に向き合う時間は実にいいものです。はじめての人も、「久しぶりのふくべ」な人にも、本記事が飲みに行くキッカケになれば幸いです。
出張者にもオススメ!東京駅改札徒歩3分にある名酒場
筆者は東京生まれなので、東京出張の帰りに酒場を探すという経験はありません。ですが、地方へ行くときはできる限り最終便の指定席をとり、時間いっぱいその街で飲んでいます。新幹線や空港方面が発着する駅前でいい店があると嬉しいですよね。東京に出張・観光でお越しの酒場好きの方には、断然『ふくべ』がおすすめです。なにせ、新幹線改札から徒歩3分(空港方面の浅草線日本橋駅 徒歩5分)の好立地。しかも暖簾がでるのは16時30分と、少し早めです。
日本橋と東京駅に挟まれた八重洲は昭和の面影が残る飲み屋街。チェーンや新店に混ざって、古い酒場や蕎麦屋・寿司屋・鰻屋などの暖簾が揺れています。目指す『ふくべ』は創業当初から八重洲にあり、この街を代表する老舗酒場です。
外観
店先につきました。
場所は同じ。いえ、”店構えも同じ“と言いましょうか。新しくなっても、旧店舗に似たさっぱりとした店構えです。東京駅前という一等地での建て替えですが、今風のアレンジは皆無で、縄のれんまで旧店舗のものが継承されています。
内観
時刻は17時。扉を開くと、店内は黒帯の呑兵衛さんたちですでに満員です。
『ふくべ』といえば、入ってすぐのカウンターと燗銅壺がある部屋と、そこから脇へ入るまるで別店舗のようなテーブル席の客間に分かれていました。珍しい造りだなと常々思っていましたが、驚いたことに建て替え後も「ふくべ様式」が継承されています。
L字カウンターの角に燗銅壺。壁側に生花。右へ曲がるとテーブル席、左は二階への階段という構造です。
お世辞にも広いとは言えません。両隣の人と肩がこすれそうなカウンター席。そして年季の入った銘々盆。確かに店内はビカビカなのですが、そこは正しく『ふくべ』でした。このサイズだから感じる一体感があります。その中でも燗銅壺の前は大将の職人技がみられる特等席です。
壁にはびっしりと一升瓶が並びます。その顔ぶれも、『ふくべ』らしくて嬉しくなります。近年流行りの希少銘柄ではなく、昔から地酒として知られてきた各地の王道の酒が並んでいます。しかも、その約半数は本醸造。筆者の好物ばかりです。
品書き
お酒
- ビール(アサヒスーパードライ)大瓶/小瓶
- 菊正宗(兵庫)
- 剣菱(兵庫)
- 櫻正宗(兵庫)
- 白鷹(兵庫)
- 玉乃光(京都)
- 賀茂泉(広島)
- 男山(北海道)
- 桃川(青森)
- 高清水(秋田)
- 一ノ蔵(宮城)
- 初孫(山形)
- 栄川(福島)
- 朝日山(新潟)
- 銀盤(富山)
- 菊姫(石川)
- 真澄(長野)
- 群馬泉(群馬)
- 澤乃井(東京)
- 開運(静岡)
- 司牡丹(高知)
- 西の関(大分)
※上記は取扱銘柄の一部。徳利1本750円~
料理
- アジ干物:750円
- くさや:830円
- たらこ:830円
- 鮭:900円
- 玉子焼き:600円
- たたみ鰯:500円
- 刺身3点盛り:1,050円
- 塩辛:500円
「通人の酒席」、緊張と弛緩で気持ちよく酔う
菊正宗
全国の地酒を揃える居酒屋がまだ珍しかった頃、『ふくべ』は注目されました。どこでも全国のお酒が飲める時代になっても、やはり『ふくべ』で飲むのは格別です。
約40種類ある日本酒ですが、一口目はあえて大定番の『菊正宗』を選びたい。なんたって、ここのキクマサは四斗樽ですから!
樽の下部にあたけ穴の栓を抜くと、トップン…トップン…という樽酒特有のリズムで流れてきます。1合枡をはめた漏斗でこれを受けとめ、そこから1合1勺入る徳利へと注ぎ入れる――。昔と変わらない所作です。
銅壺が以前よりもさらに輝いていますが、よく見ると使い込まれていることがわかります。これも旧店舗時代から使われてきた移設組ですね。
ひょうたんを意味する「ふくべ」が描かれた白磁の徳利に蛇の目猪口、色をあわせた手塩皿に昆布の佃煮(サービスお通し)。なにもかも、昔のままです。
ちょちょっと注いで、それでは乾杯。
塩らっきょう(440円)
アジやくさや、たらこ、はんぺんなどの焼き物が主役ですが、つなぎ役のおつまみも名品揃い。好物の塩らっきょうをもらいました。
塩らっきょうと樽酒の組み合わせの素晴らしさを知ってから、人生がちょっぴり豊かになったように思います。
黒松剣菱
昔はだいたい1週間で樽が入れ替わると聞きましたが、新店はどうでしょう。樽香のつきかたが好みの塩梅で、あっという間に菊正宗を1合飲み干してしまいました。
そろそろ焼き魚がくる頃合いなので、次のお酒をお願いしましょう。銘柄は剣菱。もちろん「黒松」です。灘の下り酒として江戸の人をメロメロにしたという黒松剣菱は、ほんのり琥珀色。米の旨さがググッと広がるいいお酒です。
アジ干物(750円)
久しぶりの『ふくべ』で頼んだ魚は、くさやと並んで名物のアジの干物です。
これほど立派な鯵の干物は滅多に見かけません。長年ご商売を続けているから、仕入先とのしっかりとした関係があるのでしょう。ふっくらとしていてホクホク。この日も、皮や骨の際まで隅々食べたくなる極上の品でした。
賀茂鶴
これだけ日本酒があるとどれにするか迷います。私はだいたい決まった銘柄があり、3杯目は三大酒処に数えられる広島・西条の銘酒「賀茂鶴」にしました。賀茂鶴といっても色々ありますが、ふくべのお酒は超特撰特級酒(特定名称酒:特別本醸造酒)というがまたイイのです。上燗でひとくち。旨口芳醇、あぁ、伸ばしていた背筋が少しずつ柔らかくなってきました。
気持ちよく酔いました。新しくなっても雰囲気はそのまま。予約利用や人数がいると二階・三階へと案内されます。みんなで飲んでもよいのですが、まずは一人・二人で利用して、3代目が中心でお酒をつける一階の雰囲気を味わっていただきたいです。
王道のお燗酒の美味しさを再発見できるに違いありません。
ごちそうさま。
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(取材・文・撮影/塩見 なゆ)
店名 | 通人の酒席 ふくべ |
住所 | 東京都中央区八重洲1丁目4−5 |
営業時間 | 16:30~22:40(土日祝定休) |
創業 | 1939年(2022年12月19日建て替え) |