伊勢湾や志摩沖の幸でもてなしてくれる名居酒屋「向井酒の店」。老舗だからと気取ることもなく、美味しい料理とお酒を典型的な割烹スタイルで提供しています。伊勢を訪れた際は必ず立ち寄りたい一軒です。
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今日は伊勢の街で100年親しまれてきた名店「向井酒の店(以下・むか井)」をご紹介します。
初代が伊勢市駅近くの酒販店として創業し、店内でお酒を提供する今で言う「角打ち」が拡大し居酒屋となったお店です。料理の腕だけでなく人柄も素敵な4代目ご主人が中心となり、家族で切り盛りされています。
伊勢神宮の参拝客相手よりも、地元に暮らす人々が日常的に訪れる大衆店としての表情が強いことに驚きました。ただ、そのクオリティは全国の名店と言われる老舗居酒屋に負けず劣らずのもので、むしろ酒場好きならば「むか井」のために伊勢を訪れても良いと思います。
目次
お伊勢参りはお酒が飲める鉄道で
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伊勢へは、JR参宮線の快速列車で名古屋から90分。大阪難波から近鉄電車の特急で100分ほど。遠いようで意外と近い印象です。
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伊勢神宮外宮の参道の正面に向いたJR伊勢市駅。駅前には堂々たる姿の鳥居が参拝者を迎えています。
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人口約12万人の伊勢市。伊勢神宮の鳥居前町で、神都とも呼ばれています。駅と伊勢神宮外宮・内宮を結ぶ路線バスは神都ライナーですし、地元のクラフトビール企業・伊勢角屋麦酒も「神都麥酒」の名前で発売しています。
人口に対して駅周辺の飲食店街や商店街の規模は非常に大きく、ここが伊勢神宮とともに悠久のときをかけて発展してきたことがよくわかります。
乾杯の前にお伊勢様にお参りを
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居酒屋巡りは参拝を済ませてから。ということで駅前から三重交通の神都ライナーに乗車し、神宮内宮を目指すことにします。
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日本では珍しい連接バスや、まるで路面電車のようなレトロ調の特別車両が走っています。
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外宮と内宮、どちらも広大な敷地が広がっています。神宮の敷地というよりは、周囲の山や森、五十鈴川などの自然を含めた全体が伊勢神宮なのでしょう。これほど立派な樹木に囲まれたのは久しぶり。心が晴れ渡る気分です。
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伊勢神宮内宮 外玉垣南御門。疫病退散を切に願って…。
創業から1世紀、4代目が受け継ぐ名居酒屋
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さて、伊勢市駅まで戻ってきまして、駅から徒歩5分ほど。むか井に到着です。
2014年に改築しましたが、以前はかなり年季のはいった木造建築でした。
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店の看板は基礎の板こそ新しくされましたが、意匠は寸分たがわず昔のまま。日本盛とキリンのロゴも、ともに何世代も前のものです。
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無垢の杉などを多様したどっしりとした造り。一部には以前の建物で使用していた一枚板を使用するなど、店の歴史を物語る雰囲気となっています。この瞬間、店の景色の一部になれたこと、ただそれだけでも嬉しく思います。
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構造は旧店舗とほぼ変わらず、広めの調理場に向いたL字のカウンターと、対面は畳敷きの小上がりという造りです。
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名酒場に似合う赤い麒麟。樽詰めのキリンラガーでまずはテンポを整えたい!
それでは乾杯。
品書き
飲み物の主役は日本酒にあり
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ビールは樽生がキリンラガー(RL中550円)。瓶ビールはキリンラガー大瓶(710円)のほか、ヱビス中瓶(660円)、アサヒ黒の小瓶(440円)と用意あり。
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そして、飲み物の主役は日本酒であり、看板にもある日本盛を筆頭に、三重のお酒が4種類揃います。多気郡大台町の元坂酒造・八兵衛からくち(490円)、鈴鹿の清水清三郎商店・鈴鹿川吟醸(660円)、伊賀の大田酒造・半蔵特別純米(660円)、名張市の福持酒造場・天下錦特別純米(770円)など。
地のものが揃う秀逸な献立
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これをみて喜ばない居酒屋好きは居ないでしょう。達筆な文字で、さらりと地k物が紹介されています。
お作りは、ひらめ、きはだまぐろ、本まぐろ、初かつを、あおりいか。うん、実にいいですね。志摩沖でとれる伊勢マグロやカツオが魅力的です。
常連さんが他にない美味しさと太鼓判を押す、いわし酢漬け(440円)や自家製カラスミ、鴨ロース炭火焼きなど気になるものばかり。
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シメではまぐろ茶漬け(990円)が人気のようです。
派手さよりも根付いた味を摘みにしたい
伊勢・志摩らしい真珠貝の貝柱
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数ある惹かれる料理から選んだのは、貝柱のぬた(850円)です。赤味噌のぬたというだけでなく、なにより真珠貝(アコヤ貝)であることがその理由。
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聞けば、真珠の取り出しシーズンの冬に出回るようですが、春を過ぎてもまだ食べられたことが嬉しいです。歯ごたえと強い甘みがあり、他の二枚貝の貝柱のどれとも類似しない美味しさです。
日本盛上撰 ぬる燗(490円)
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こうなると俄然飲みたくなるのは日本酒です。長く老舗の酒蔵を扱い続けている店で飲むお酒は、たとえそれが全国ブランドでも特別な美味しさを感じるもの。
湯煎で丁寧につけたぬる燗でいただきました。
小エビ塩焼き(520円)
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伊勢のエビが伊勢海老だけとは限りません。この小エビが実にいい味です。味の密度が濃いといいますか、身の引き締め具合がよく噛むほどに旨味が広がります。
どこにでもある小エビという名前でしたが、どうやら伊勢湾で水揚げされるサルエビ(伊勢ではアカシャエビ)のようです。
小だこの煮付け(740円)
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お酒飲みなので量を少なめにと”小”繋がり…。というわけではありませんが、美味しいと噂を聞く鳥羽の地ダコが煮付けで用意があるようなので、これをひとつ。
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ぷりっとしていながらも柔らかく、それでいてタコの強い旨味が抜けていません。練り辛子で引き締めた味は格別で、これにお燗酒がどうしようもないほどよく合います。
半蔵特別純米
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灘の酒が美味しいことに間違いありませんが、ここまで来たのだから地元のお酒と合わせてみたい!選んだのは半蔵特別純米です。お米の旨味の膨らみが心地いいお酒です。
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サミットでも提供された銘柄のようですが、こうしたお酒も正一合で用意してくれるのは気持ちがいいですね。
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数人で来ればお刺身に揚げ物にと揃えても良いかもしれません。ただ、一人飲みならばこうした地物の小鉢をいくつか並べちびりと摘むのも、満足いく内容でしょう。
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歴史ある街にいい酒場あり。伊勢は神宮参りだけの街にあらず。
美味しいものを求めて、今度の飲み旅は伊勢にしてみませんか。
ごちそうさま。
(取材・文・撮影/塩見 なゆ)
店名 | 向井酒の店 |
住所 | 三重県伊勢市宮後2-5-26 |
営業時間 | 営業時間 [月~土] 16:00~22:00(LO.21:30) 定休日 日曜日、祝日の月曜日 |
開業年 | 1910年~1920年頃(正式な記録がないとのこと)※2014年10月9日改築 |