
「歩いて巡るのにはちょうどいい。だからニシタチが好き」
全国を仕事で巡った身近な出張族に、そう話す人は多いです。
宮崎県の最大の飲み屋街「ニシタチ」。1,000軒をこえる居酒屋やスナック、バーなどがひしめき合うエリアです。地方の飲み屋街は門前町が歓楽街に変化したものや、城下町の商業地や宿場の中心が盛り場へと移り変わった例は多いです。東京や大阪のヤミ市由来の飲み屋街とは異なる始点が特長です。
宮崎に限ってはこれに当てはまらず、ニシタチの歴史は意外にも戦後しばらく経ってから始まります。そんな歴史について、ニシタチ最古、1956年(昭和31年)創業のバー「赤煉瓦」で飲みながら伺いました。
ニシタチが飲み屋街になるキッカケとなった店

西橘通で「ニシタチ」。通りの名が由来ですが、いまは地域一帯を「ニシタチ」と呼びます。近年では宮崎市も行政をあげてアピールする、同市の観光資源の一つでもあります。

西橘通に面して、赤煉瓦の名前にふさわしいレンガ調の建物が見えてきます。ここがそのお店です。青字の「トリスバー」の文字が浮かぶ電照看板に、昭和を飲み歩いてきたベテランの方は記憶の奥をくすぐられるのではないでしょうか。
二階は「洋酒天国」という店で、こちらは赤煉瓦の系列店です。

街一番の飲み屋通りにありながら、窓のない重厚な扉によって外界と隔離された世界を保っています。
いまは貴重なサントリートリスバー

店内は、まるで昭和のタイムカプセルです。ベルベット素材の丸椅子、60年代風のランプシェード。蝶ネクタイが似合う、この道45年の二代目マスター、松山春喜さんが静かに迎えてくれます。

1950年代、日本中に広まった「トリスバー」。最盛期は1,500から1,800軒はあったと聞きます。今では数も少なくなりましたが、現存しているお店はいぶし銀のムードに惹かれる若い世代にも評判です。それも、コロナ禍でまた減少傾向にあります。

店内に掲げられた「KOTOBUKIYA CHAIN BAR」の文字。壽屋(寿屋)は現在のサントリーです。トリスバーのそのほとんどが新宿東京会館(現在のダイナック)などサントリー傘下の企業ではなく、暖簾貸しで誕生し今に至ります。ここ「赤煉瓦」もそのひとつ。

サミー・デイヴィスJrは、1970年代、サントリーホワイトの看板でした。店内のポスターひとつにも歴史あり。

アンクル・トリスが描かれた品書き。トリスから始まる昭和のサントリーを支えてきた名ブランドが並びます。
レッド、角、ホワイト、オールド、リザーブ、ローヤル。サントリーグループにはいったジムビームもしっかり揃っています。古いようで、ちゃんと更新されています。シングルで500円から1,000円と比較的リーズナブルな値段です。
タラモア・デュー(7,000円)など一部はボトルキープも可能。
オールドのソーダ割り

好物のサントリーオールドのソーダ割りをお願いして、それでは乾杯。氷がカランと音をたてます。

赤煉瓦はニシタチが歓楽街になるきっかけになった一軒です。それまでは、ここは国鉄の官舎がありました。映画館などもあった中央通りに近く、払い下げ後は少しずつ飲み屋が増えていき、いまの町並みへと変化しました。県庁、市役所が近いのもニシタチが飲み屋街になった理由のひとつだと、カウンターで一緒になったベテランのご夫婦が教えてくれました。

お通しはマカロニ、クラッカー、野菜やサラミなど。別途、ピザなどのバーフードの用意もありますが、食べ物のオーダーは必須ではありません。ニシタチでお腹いっぱい飲んで食べてきたあと、〆のバーというのはいかがすか。

時代の変化を見守り続け、店の雰囲気は創業時から守り続けてきた赤煉瓦のマスター。そう聞くとなかなか声をかけにくい印象になるかもしれませんが、とても気さくな方です。やわらかな物腰で、街や店の歴史について話してくれました。
オリジナルカクテル「イエローガーデン」

カクテルは800円均一。
東京のカクテルコンクールの地域代表として帝国ホテルで披露したものなど。マスターはオリジナルのカクテルレシピをもっています。
それでは「イエローガーデン」というカクテルをおつくりします、とマスター。

「イエローガーデンは、日本でうまれた世界初の黄色いコスモスの名前です。」そう話しながら、すっと前にスライドしてくれました。

ホワイトラムをベースに、グレープフルーツリキュールの「パンペルムーゼ」と、珍しいバナナリキュールの「クレーム・ド・バナーヌ」を注ぎ、グランマルニュ、フレッシュオレンジジュースとシェイクした一杯。一切の無駄がない所作で、冷えたカクテルグラスに一輪の花を咲かせて完成です。
弾けるフレッシュな香りと余韻のまろやかな甘さは、南国・宮崎の夜を彩るのにふさわしい一杯です。
どうぞ、末永くご盛業を。ごちそうさま。
(取材・文・撮影/塩見 なゆ)
店名 | 赤煉瓦 |
住所 | 宮崎県宮崎市橘通西3-6-5 1F |
営業時間 | 営業時間 19:00~翌2:00 定休日 日曜日(月曜日が祝日の際は営業 月曜日休み) |
開業年 | 1956年 |