全国的に牡蠣の産地として知られる岡山県、日生(ひなせ)。古くから漁師町として栄えてきた歴史を持ち、今も町の観光・産業の主役は瀬戸内の魚介料理です。
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多くの漁港を抱える岡山県でも、とくに地魚が美味しいと評判で、旧日生町(現・備前市)内には活魚料理を看板にした割烹旅館や釣り客向けの民宿が非常に充実しています。近年では日生の郷土料理、牡蠣のお好み焼き、通称「かきおこ」が全国区になりましたが、牡蠣以外にも魚好きを魅了する豊かな海の幸が揃っています。
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そんな地域柄、海鮮料理店も多いのですが、今回ご紹介する割烹「天坊」はおすすめの一軒。お昼から営業(日曜日は通し営業)していますので、岡山市で半日空いているならば、むしろ日生まで天坊を目当てに向かってもいいくらいの良いお店です。
入り組んだ地形は天然の良港。表情の異なる海がまとまっており、魚種の豊富さが特長です。牡蠣の養殖が盛んなほか、鯛に鰆にカワハギ、ガンゾウヒラメ、穴子、イイダコ、ベカ、蝦蛄やスクモエビ、ワタリカニ――。挙げるときりがないほど。魚好き、飲み屋好きならば、日生はかきおこだけで済ませてはもったいないと思います。
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岡山駅からJR赤穂線に揺られること50分。JR日生駅の到着。
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山と港の僅かな隙間に町があり、駅があります。駅を降りれば目の前は瀬戸内海。
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そんな景色を眺めて10分ほどで、天坊に到着です。
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店頭の生簀はカサゴや穴子、鰻、カニやエビが出番待ち。伝統的な坪網漁でとれた魚は、その日のうちに漁師から直接買い付け、生簀に運ばれています。
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職人タイプの大将を中心にした家族経営のお店。いらっしゃいと迎えてもらって、さぁ楽しみです。カウンターは9席、このほか座敷という配置。一人・二人で魚介類探訪に訪れたなら、特等席のカウンターが最高です。
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目の前には立派なワタリガニ(旬は冬季)。籠からはみ出す、今まで国内では見たこともないような立派なサイズです。
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店内の水槽には、メゴチかな。赤貝も美味しそうです。
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旅先の居酒屋の醍醐味は、なんといっても土地の味。普段みかけない食材が掲げられた品書きを見ているだけでも、来た甲斐があります。
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岡山は万富に、主に中四国に向けて供給しているキリンビール岡山工場があります。日生からもそう遠くはありません。まずは地元・岡山づくりのキリン一番搾りで乾杯!
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樽生、ビンともにキリンで、日本酒は赤磐市・室町酒造の備前幻、真庭市・落酒造場の大正の鶴など、土地の味が揃えられています。手頃な価格でお燗酒にもなる定番酒ももちろん岡山の銘柄です。
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活造りからはじまる品書き。かわはぎ、おこぜ、あこう(キジハタ)、海老のおどりもあるのですね。お昼は海鮮丼や定食など、1,000円台で楽しめる料理もあり、自動車で訪れた方はごはんで済ませている様子。
単品は一人ではボリュームがやや多いので念の為、量を確認するのがオススメ。
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高さ・幅は350ml缶ほどにまで成長した立派な牡蠣。蒸し、焼きなど調理の方法はぜひご主人に相談を。一人で色々食べたいという相談の上、4個を蒸しでいただきました。
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まぁこれが美味しいのなんのって。クセは皆無。クリーミーで優しい旨味がじんわりと続き、軽い潮の塩分と風味が味を引き締めてくれます。薬味は不要、この美味しさは忘れられません。
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竹林(浅口市・丸本酒造)をもらって、旅の目的だった、蝦蛄を迎えます。
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蝦蛄が大好物の筆者。日生など一部の港町は、その立地ならではの生蝦蛄の刺身を食べさせてくれるお店があります。天坊もそんな一軒。全国的にもかなり珍しいです。
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朝どれ、鮮度抜群のキラキラと光る半透明の蝦蛄の身。味はカニ刺しと海老の中間という、なんとも見た目通りの表現なのですが、両方の美味しさを足した美味しさ。甘い余韻に旨口のお酒をあわせれば、もうほっぺが落ちそうなくらいです。
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地元のお燗酒をもらって、ひといき。昔ながらの割烹の腕自慢のご主人がたつお店で、ご主人と話をしながら滋味深い味を楽しむひとときは、幸せの一言です。
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ワタリガニは一人で食べられないし予算オーバー。と悩んでいたところで、ご主人に相談すると「石ガニ汁」(700円)はいかがでしょう、とのこと。今日はあったかな…と言いながら、店の生簀を覗きに行くと、2匹の活蟹をもって戻ってきました。
これを手際よく水から煮始めて汁にして赤味噌で整えて出来上がり。
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殻のむき方を教わりながら、ちゅっと身をすいつつ箸を進めます。厚みもあるし、身が多いですね。
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まだまだ気になる魚介類が尽きない天坊ですが、そろそろお腹も酔い具合もいいあんばい。
料理屋さんのような仲居さんが面倒をみてくれるようなもてなしはありませんし、飛び抜けて高級食材というわけでもありません。ですが、だからこそ、土地の美味しいものを風土に浸り楽しめるように思います。
ごちそうさま。
(取材・文・撮影/塩見 なゆ)
天坊 (てんぼう)
0869-72-0288
岡山県備前市日生町日生639-32
11:00~14:00・17:00~21:00(日は11:00~20:00・月定休)
予算4,500円