長門市「こうもり」 焼鳥の町で感じる、人と肴と酒のいい関係。

長門市「こうもり」 焼鳥の町で感じる、人と肴と酒のいい関係。

2020年2月16日

山口県北部、日本海に面した港町・長門市。

人口約3万4千人の町に、およそ30軒の焼鳥屋がのれんを掲げています。これは、人口あたりの焼鳥屋の数としては日本トップクラス。漁業や海産物加工が盛んなこの町で、なぜ魚料理ではなく焼鳥がソウルフードとなったのか、その謎を追って、長門市へ飲みに行ってきました。

ご紹介するお店は、長門市で最も古い飲食店「こうもり」。創業からまもなく70年。変わらぬ味を求め、地元の方が毎夜集う定番処です。

長門市へのアクセスは、山陽新幹線厚狭駅からJR美祢(みね)線に乗り換えて長門市駅まで約70分。または、松江駅からJR山陰本線で特急と鈍行を乗り継いで約4時間30分の汽車旅です。鉄道でのアクセスは恵まれているとは言えません。ですが、だからこそ、そこには令和の時代になっても昭和で時が止まったような景色が残され、旅情に浸ることができます。まさに、「遠くへ行きたい」の世界。

長門市駅から1駅しかない路線、JR仙崎支線で隣の仙崎駅へゆけば、駅前から仙崎湾が望めます。天然の良港「仙崎港」には、青海島観光汽船の乗船場や、県内2位(1位は下関)の水揚げを誇る仙崎漁港があります。港に併設した観光施設「道の駅センザキッチン」では、観光案内所やイートインコーナーがあるほか、地元の魚介類や名物のかまぼこ、各種おみやげ品が売られています。

仙崎の名前を一躍有名にしたのが、海上保安官の海難救助を描いたマンガ・ドラマ「海猿」です。主人公の仙崎大輔の名前は、ここ仙崎港が由来。港内には、海上保安庁 仙崎海上保安部が設置されています。

さてさて、お酒を飲むのにいい頃合いとなりました。夜の長門市駅周辺はとっても静か。でも、どこからともなく、いい香りが漂ってきます。

今回ご紹介する「焼とり こうもり」は、JR長門市駅前、交差点を渡ってすぐの店。飲食店が密集していないので、すぐにみつけられるはず。

すりガラス越しに動く人影、そしてにぎやかな笑い声。扉に手をかけるのが楽しみで仕方がありません。

いらっしゃい。おひとり?

「じゃあ、みんな詰めて詰めて。そこのスペースにどうぞ。」と3代目になる女将さん。

お客さんは地元の漁師さんに、水産加工会社の方、スナックのママと、地元の人々が今日も集っています。お店は14時に暖簾を掲げ、早い時間は特に船から陸(おか)に上がった人たちが集まり、満席になることも多いそうです。

ビールは樽生がアサヒスーパードライ(500ジョッキ500円)で、ビンでキリンラガー(大ビン580円)。今日はぐっと一杯、生ヒールの気分。では乾杯!

あ、お隣様も、ご主人も、どうもどうもと、乾杯しあって…。カウンターに詰め詰めで座って10席。小箱なので猛烈な一体感があり、他のお客さんとの会話は必須の環境。一人で静かに…とはなりません。あっという間に昔からの飲み友達かのように打ち解ける雰囲気は、旅先での交流を楽しみたい人にはぴったり。

鶏は早朝に仕入れてその日にすぐ提供するから鮮度バツグン。地元の人たちのオススメを聞きながらつまみを選ぶのも楽しいです。

長門市には西日本有数の生産量を誇る養鶏農業協同組合「深川養鶏」があり、魚と並び鶏が身近な存在なのだそう。養鶏が盛んになった理由のひとつを、「こうもり」の大将が教えてくれました。

「長門は港町。かまぼこなどの海産物加工も盛んです。そこで大量にでた魚の端物やアラを鶏の餌に使ったんです。これが養鶏が盛んになった理由のひとつ。」とのこと。

続けて、「ここは漁師など海で働く人が多いでしょう。魚は売るほどあって、家でも山程食べる。漁師じゃなくっても、お裾分けで魚がいっぱいまわってくる。だから肉が食べたくなるんですよ。」と、焼き鳥屋が多い理由を隣の席にいる仙崎漁港の漁師さんが話してくれました。

東京の旧築地市場が牛丼チェーン「吉野家」創業の地であり、いまもホルモン煮込みの「きつねや」など肉料理が多い理由と似ています。

串は1本(120円)から注文可能。

長門のブランド鶏「長州地どり」。その味は濃厚なので、最初は塩で食べるのがいいそうです。定番の「かしわ」(130円)。歯ごたえがしっかりあり、それでいて非常にジューシー。柚子胡椒を添えて食べると、脂の旨味が引き立ち、一層ビールを誘います。

かしわの次は「かわ」ね。と女将さん。もちもちしていてコク深い味。くどくないのでぺろりと食べられます。玉ねぎを挟むのが「こうもり」の伝統だそう。

チューハイはアサヒの樽ハイ倶楽部。味はプレーンのほかに、ライム、カシスが選べますが、やっぱりプレーンが一番ホッとします。

焼き場は女将さんの担当。炭火を巧みにあやつりながら、注文に次々こたえていきます。

とっても大きな椎茸は、もちろん地元のもの。肉厚のカサは炭火でじんわり水滴をにじませて、香ばしい香りまとってやってきました。

常連さんのイチオシは、この「たまご」(110円)。産まれるまえの鶏卵が焼鳥の定番にあるのは珍しいです。長門では一般的だそうで、中は半熟でとろっとした食感。濃厚な卵の味は独特で、長門に来てよかったと思える瞬間です。

枡にビアタンをいれ、そこへ注ぐお酒は岩国の「五橋」。首都圏でみる五橋は特定名称酒ばかりですが、ここでは地元消費向けの「五橋上撰」(500円)です。

バランスの良い味で、優しい旨味がじんわり伝わってきます。燗酒にぴったり。やかんにチロリを浸した湯煎でつけてくれるのが嬉しいです。

ナマコにイカ焼、塩さば、イワシバーグなどの魚料理もいくつかありますが、皆さんのおすすめは「平太郎」。名前の響きから、いったいどんな巨大魚?かと思いきや、でてきたのはは10センチメートルに満たない小さな鯵のような魚。オキヒイラギというのが一般的な名前で、山口県日本海側では昔から子供のおやつにもなるほど身近な存在だそう。

これで200円。安い!丸干しにしたものを炙っていただきます。ちなみに赤い魚で「金太郎」という魚もいるらしい。

お酒といっしょにつままないとバチが当たりそうなほど、日本酒と相性バツグンの「平太郎」。これは冷酒でもいっちゃいましょうか、と勢いもあって、300mlの竹原の銘酒「誠鏡」の生詰酒をもらいました。

山陰の港町で、地元の魚をつまみに、のんべえ漁師さんたちと語らう夜。釣りバカ日誌の世界に迷い込んだ気分です。

「こうもり」は代々暖簾を受け継いできたのは女将さん。今の女将さんが3代目で先代の味を受け継いでいます。ご主人はトーク担当。いろんなお客さんを会話で結び、店内をひとつの笑い声で満たす名人芸を楽しませていただきました。ただ、営業中もお酒を飲んでいるのはご愛嬌。

山陰の港町で育った焼鳥の食文化を満喫する夜でした。

ごちそうさま。

(取材・文・撮影/塩見 なゆ)

焼きとり こうもり
0837-22-0617
山口県長門市東深川駅前911
14:00~21:00(第1・3 火曜日定休)
予算2,500円