東京都世田谷区等々力。高級住宅街として知られるこの街ですが、実際に歩いてみると意外なほど下町情緒があります。その象徴的な店が、駅前にあるもつ焼き屋の「とよ田」です。
東急大井町線 等々力駅の開業は1929年。とよ田は創業から70年ほどになるそうですから、駅の歴史の長い間を、「とよ田」は見守ってきたことになります。私鉄らしいこぶりなつくりの等々力駅。ホームから「とよ田」は目と鼻の先。やっているかどうかは、改札を抜ける前からわかります。もつ焼きの匂いに誘われて、いったい何人が吸い込まれていったことでしょう。
駅舎が上下の線路の間に置かれている等々力駅は、列車が近づくたびに構内踏切が動き、まるで昭和の景色のよう。そこを最新鋭の急行列車が駆け抜けていきます。
いぶし銀の店構えに、初めての人はきっと躊躇してしまうはず。でも勇気を出して、この暖簾の向こうは酒場好きにはたまらない空間と、寡黙でも優しいご主人が待っていますから。
焼酎は宝。日本酒は長野県佐久市にある古屋酒造店の深山桜。
焼き台を角に配置し奥へ続くL字のカウンター。テーブル席はありません。年季の入った建物は、そこに腰掛けると不思議と落ち着くものです。長い年月の、数多の人がここで過ごしてきた予熱のようなものを感じます。
燗酒用のやかんを置いた炭火の焼き台。行き交う列車の音と時折「パチッ」と小さく聞こえる炭の音がBGMです。
料理はもつ焼きだけ。つくね(280円)、あとは140円均一で、かしら、なんこつ、しろ、がつ、レバー、ふえ、はつ、はらみ、たか、こぶくろと並びます。毎朝芝浦で仕入れ、店内で下処理をするのが長年のこだわりと聞きます。
ビールはキリンラガー。大瓶(680円)と中瓶(580円)から選べます。樽生はありません。冷蔵庫でよく冷えた瓶を傾けて、ビアタンを満たしたらすぐに一口。幸せの瞬間です。乾杯。
もつ焼きは1本単位で注文可能。かしら、なんこつ。タレで焼いていますが、「とよ田」のタレは甘さはわずかに感じる程度で、さらさらとしているのも特長。醤油味で焼いているように思えてそれもまた違う、継ぎ足され続けてきたコクが肉の脂と絶妙にマッチしています。
つくねは、様々な部位が集まっていて、コリコリとした軟骨もあれば、内臓系の深みのある旨味もあるクセになる美味しさ。たまらなく、甲類焼酎をお願いしました。
もつ焼きにはどうしてこうも、焼酎甲類が合うのでしょう。焼酎甲類の普及ともつ焼きが広まった時期が、ともに戦後の東京下町という共通点があります。その時代から続く「とよ田」のようなお店で楽しめるなんて、とても晴らしいことです。
焼酎(宝焼酎25・320円)は、グラスいっぱいに注がれます。お湯割りならばお店で用意がありますが、酎ハイにしたい場合はお客さん自身で炭酸やお茶、氷などを用意するのがここのルール。そのままストレートで飲むツワモノも。
はらみやがつ、ふえなど、いずれも鮮度がよくて非常にジューシー。辛子を添えた酢醤油という味付けも用意があります。
暖簾の向こう側をひっきりなしにやってくる大井町線。独特な加減速時の電子音を響かせてゆくのですが、それがまるでドラマのワンシーンのよう。美味しいもつ焼き、キリっと辛くてピュアな宝焼酎、お客さんたちの満足げな笑顔、いろんな要素が入り混じり、この店の風景の一部になれたような気分です。
今度、東急大井町線に乗るときは各駅停車に乗って等々力駅で下車してみませんか。
ごちそうさま。
(取材・文・撮影/塩見 なゆ)
とよだ
03-3701-4101
東京都世田谷区等々力2-32-11
16:00〜21:00(日祝定休)
予算1,800円