東京の空の玄関・羽田を前にした蒲田は、空港の進化とともに町並みも大きく変化してきました。それでも変わらない場所がある、そのひとつが老舗の大衆飲み屋です。蒲田は家族経営のほっこりした雰囲気のお店がいくつもあり、店主や女将さんの人情を求めて地元の人々が集います。
蒲田で32年続く「いのっ八」もそんな一軒です。10代のうちに魚屋の店員を経験していたご主人は、そのときに出会った女性と結婚され、その方が「いのっ八」の女将さん。店名の「いのっ八」も、ご主人の井上八郎さんの名前からです。
「このへんもだいぶ変わってねー。」と話す女将さん。駅の高架化で人の流れも変わったそうです。昔は京急蒲田駅の駅舎って、南側にも駅舎がありましたもんね。
さて、いのっ八から徒歩10分ほど歩くとあの有名な蒲田温泉があります。温泉上がりの一杯に湯冷ましがてら「いのっ八」に立ち寄るのも素敵ですね。
魚屋のあと、割烹の世界に飛び込み、30代で独立。蒲田で店を開いたそうですが、そのときはJR蒲田寄りにあったのだとご主人。じっくり魚を楽しんでほしいと今の店を構えました。
魚屋、そして割烹時代からずっと魚を扱い続けてきたご主人。ご本人も魚が大好きで、毎日市場に行ってはとびきり美味しそうなものを選んできているのだそう。お話の通り、キラキラと輝く魚介類が冷蔵ショーケースに所狭しと並んでいます。
そんな板場に向いたカウンターの素材は肉厚で立派なもの。一人、二人ならばここが特等席で間違いないでしょう。
落ち着いた店内。小上がりや座敷はなく、4人程度の利用がちょうどいいテーブル席が並びます。利用する方も地元の企業で長く働くような年配の方が中心で落ち着いた雰囲気です。
キリンの樽生は、珍しく一番搾りではなくキリンラガー。生麦も近い蒲田は昔からキリンビールの樽生が多く、こちらのご主人もキリンとは半世紀近い付き合いなのだそう。ご本人も奥様もお酒は飲めないそうですが、だされるお酒はノンベエが安心していられるものばかり。
では乾杯!
今日のおすすめはこれね!と女将さんが持ってた黒板メニュー。生本まぐろから始まる料理に、鮮魚店勤めから続く魚への想いを感じます。穴子白焼の穴子は場所柄やっぱり江戸前です。
お酒のメニューはいたってシンプル。ベテランの方はボトルキープのお酒を飲むほか、長年付き合いのある酒販店がいれたこだわりの日本酒も用意されています。
キリンクラシックラガー(CL)が700円、酎ハイ・サワー類は350円ととっても良心的。日本酒は2合(850円)とありますが、お一人様では臨機応変に対応されるとのこと。
突き出しはつぶ貝。甘辛く煮られて大皿に盛られていたものをざっくり取り分けて。味付けが上品かつお酒も進む味で、貝の旨味がぎゅっと感じるもの。コクもあり、日本酒はもちろんビールも進む一品です。
定番メニューですが、生ウニや赤貝などその内容はなかなか個性的。
そんな品書きから頼んだ料理は、ひらめの昆布締め。
身の厚み、そして大きさから考えるに相当立派な個体だったと思われるひらめ、これがねっとりみっちり濃厚で、たまらなく日本酒を誘うのです。さらにご主人がサービスだよ、と添えてくれたマグロの中トロもこれまた絶品。ねっとりした味のなかに、酸味ある爽やかさがあって舌を飽きさせません。
食べた瞬間に「おおっ!」って思う逸品。これを目当てに通いたくなるくらいです。
ビール、日本酒、その合間には酒場でよくみるお茶の色がとっても濃い甘さ感じる玉露ハイ。
さぁ、いい気分になってきましたが…というところで、ご提案いただいたのがふぐの白子。関西ではまれに見かけますが、こっでは世にも珍しき食材。刺身で、しかもポン酢でいただくのだそう。
これがまた、なかなかどうして濃厚な旨味とポン酢の味が実にマッチする、素敵なおつまみです。ぷりっぷりの白子は軽く下茹でされていて、表面はふぐ特有のコク、なかはねっとりとして佳味。ポン酢がいい塩梅に締めています。
こりゃたまらん。そうして頼むお酒は、ふぐつながりでひれ酒を。
〆の一品はだれもが想像するよりも巨大な長なす。200gはあるような巨大なサイズでしかもみずみずしくずっしりしています。甘くトロトロとしていて口に含むと溶けていくような食感。ご主人が美味しいよーと、話されていた理由がわかります。常連さんもファンが多い逸品です。
40年、料理と向き合ってきたご主人と、それを支えてきた女将さんがつくる唯一無二の素敵な居酒屋「いのっ八」。この街で魚が食べたいとき、ぜひメインの道から離れ、知る人ぞ知るこちらを覗いてみてください。
ごちそうさま。
(取材・文・撮影/塩見 なゆ)
いのっ八
03-3735-8027
東京都大田区蒲田4-26-5
17:00~24:00(日定休)
予算4,000円