羽田という街には独特な雰囲気が漂います。古くから漁師町として栄え、現在も漁師が暮らす海の街である一方、日本を代表する空の玄関・羽田空港を抱える空の街でもあります。
そんな羽田の雰囲気に浸れる酒場が京急空港線の穴守稲荷駅前にあります。穴守稲荷は、堤防の「穴」から街を「守る」という意味があり、海の街ならではの由来です。
この地で45年続く「千世」。大将と女将さん、そして二代目の息子さんが営む家族経営のお店です。京急線でのアクセスのほか、JR蒲田駅前を発着する羽田空港行きの京急バスの六間堀バス停下車も便利です。古くからの住宅街を走る路線バスの旅も、千世にいく楽しみの一つです。
活魚料理、炉端焼き千世。渋い店構えに酒場好きの心はくすぐられます。
道に向けて置かれた生簀には、車海老や穴子が元気に動き回っています。千世は穴子が看板です。
焼き場に置かれた巨大なやかんからは常に蒸気がのぼり、乾燥した外とは別世界のあったかい酒場の空気に包まれています。テーブル、小上がりとありますが、せっかくならばカウンター席に座りたい。調理風景も肴になります。
厨房は女将さんの担当。仕入れと調理、接客とマルチな二代目と、魚釣りが大好きな大将の阿吽の呼吸も癒やされます。
ビールは45年ずっとサッポロ。洗浄ばっちりのセパレサーバーがあるので生ビールも期待大。もちろん、ずっと変わらないビール、サッポロラガー(大瓶660円)も嬉しいですね。
それでは、美味しい生ビール黒ラベルで乾杯!
さて、何を頼みましょう。魅惑の黒板メニューにうっとり。江と書かれたものは、羽田沖など東京湾でとれた江戸前の魚です。まごち、青柳、太刀魚に白みる、そしてなにより穴子に期待。
江戸前青柳のぬたなんて、最高じゃないですか。江戸の春を告げる貝、青柳。酒場には四季があります。肉厚でもちもち、深みのある味です。
お通しはめかぶ。粘りがつよい立派なもので、このあとの料理を期待させます。
日替わりのほか、定番の穴子や蛸料理、そして大衆酒場の定番と各種揃います。漁師や釣り愛好家も訪れるお店なので、「釣りアジフライ」なんて言葉はいつも以上に嬉しくなります。
江戸前の味わい方といえば、王道は天ぷらでしょう。シメの釜飯もあさりや蛸など江戸の雰囲気です。
あれもこれも食べたい人のための、その名もずばり羽田セット。天ぷら盛り合わせ、穴子白焼き、あさり釜飯にしじみ汁がついて3,300円。二人でシェアをすれば、手軽に名物を楽しめますね。
江戸前の活まごち(左・900円)は、スズキとヒラメの間のような味。爽やかな余韻が春にぴったりです。自家製こはだ刺し(右・900円)は、浅じめで酸味はほぼなく、ねっとり旨味とコクがあります。両方とも大当たり。これだけで羽田へ飲みに来た価値は十分に感じられます。
千葉県は富津のお酒「東魁盛」をはじめ、十四代で知られる高木酒造の「朝日鷹」など、個性豊かな日本酒が揃うことも魅力で、刺身や天ぷらの味から考えて、今日の一杯をオーダーするのも楽しいです。5勺から注文可能で、手頃な値段でのみ比べも可能。
朝日鷹特別本醸造(1合720円)は実にバランスの良いお酒です。大吟醸にも感じられる味わいで、主張しすぎずしみじみ旨味を感じます。白身魚との相性は言うまでもなく抜群に良さそうです。
このタイミングで穴子の白焼き(900円)の登場。羽田らしい一品です。活魚で入り生簀に泳ぐ穴子を手際よくさばいていき、注文を受けてから蒸してから焼くという丁寧な仕事です。
ぽくぽくな味にねっとり甘い脂が口に溶け広がるこの感覚がたまりません。
そこへすかさずお酒をきゅっと。あぁ、酒場って素晴らしい。
江戸前てんぷらの盛り合わせもぜひ食べておきたいところ。メゴチ、キス、穴子など、サクッと揚げています。魚の天ぷらほど鮮度で味が変化するものはないのではないでしょうか。新鮮ゆえの、クサミがまったくない軽やかかつ繊細な味です。
あわせるお酒は、赤星をチェイサーにお燗酒。ほぼ満卓になった店内で、次々つくられる料理を眺めていい気分です。
釣り好きの大将を慕って魚好きが集まる千世。船宿も多いので、釣り帰りのお客さんも多く、テレビで放送中の釣り番組を眺めながら大将もご満悦。そんなほっこりした雰囲気も千世が人気の理由でしょう。
空の街羽田とは違った表情が楽しめる、地元の酒場へ皆さんもぜひ。リアルな釣りバカ日誌の世界がここにはあります。
ごちそうさま。
(取材・文・撮影/塩見 なゆ)
千世 (ちよ)
03-3744-1590
東京都大田区羽田3-2-4
17:00~25:30(月定休)
予算3,500円