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もつ焼きは東京の酒場を代表するおつまみです。戦後の食糧難の際、焼鳥や鰻のかわりとして闇市や下町から広まりました。
東京の復興のために猛烈に働き、仕事帰りにもつ焼きを肴に粕取り焼酎や二級酒で一日の労を癒やし、明日への活力としてきた先人たちのおかげで今があるのですから、もつ焼きも立派な郷土食です。
また、もつ焼きは暖簾分けが多数派なことも特長です。板橋から始まった「加賀屋」や、最近では練馬の「秋元屋」の系譜が有名です。そして、元祖暖簾分けもつ焼きと言われているのが、硬派なノンベエ御用達の「カミヤ」です。
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カミヤは1940年代(昭和21年頃)に創業し、本店は人形町にあります。小さなお店ですがビルになっていて、どことなく敷居が高く感じられます。ですが、この都心のまん真ん中にあって、ベッドタウンの酒場と変わらない値段で食べさせてくれる良心的なお店、まさに「カミヤ」です。
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地下鉄人形町駅A5出口から徒歩10秒。ふんわりと漂う炭火と脂の焦げる香りが、お酒飲みの心をくすぐります。
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外観とは打って変わって正統酒場の佇まい。ベニヤに下がるもつ焼きの札は、ここがカミヤであることを再認識させます。
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分厚い一枚板のカウンターが焼台を囲みL字の配置され、奥にはテーブル席。二階にもテーブル席が並び、平日は「仕事帰りにチョイと一杯」と集うサラリーマンでいっぱいになります。
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特等席は常連さんも多いカウンター。運が良くないと平日はなかなか入れないほど賑わいます。前の方と入れ替わりで席につき、駆けつけ一杯、生ビール(500円)。ピカピカのサーバーから注がれ、すばやく届きます。では乾杯!
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日本橋といえばかつてキリンビールの本社があった場所。現在も東京支社や広域系の営業部隊が入るキリン日本橋ビルがあり、キリン色が強い。ただ、中央区で創業した日本麦酒の系譜であるサッポロも伝統的に強く、ここカミヤでも両者が毎夜”選択”されています。
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お通しはきゅうりと大根の漬物。そして、まるまる実ったトマト(210円)。カミヤはもつ焼き店。これからしっかり濃厚な串を食べるので、箸休めですっきりさせておきたいですから。
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もつ焼きカミヤといえば、泣く子も黙る同一串の5本縛り。ハツならば、ハツ5本で1セット。ただし串はこぶりで値段も375円とリーズナブル。昔からずっと続くカミヤの伝統で、暖簾分けの店舗でも概ね同様の縛りがあります。たまに「カミヤはいっぱい食べなきゃいけないから…」という声を聞きますが、それで諦めていたらもったいないんです。
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カシラをタレで一皿。大きく口をあけずに食べられる食べやすいサイズ。旨味を留め凝縮させるため、肉の間をぎゅうぎゅうに詰めて串打ちされています。
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開店直前まで仕込んだフレシュなモツは、鮮度抜群。豚の刺しが禁止になる以前は、その鮮度の良さは刺しで体感できましたが、焼いても実感する鮮度よしの美味しさがあります。
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とろみのあるタレ、表面はカリっと、中はジューシー。軽くすいすい食べて、5本なんてぺろり。なお、10本縛りになりますが、盛り合わせにすることもできます。
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飲み物のバリエーションは多くないものの、どれも個性的。燗酒は会津ほまれ(480円)、ハイボールは富士山麓(480円)、そしてカミヤ本店と言えばあまり扱い店がない「生ホッピー」が特筆できます。
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ホッピー公式ジョッキに甲類焼酎をいれ、そこに勢いよく樽詰めホッピーを流し込みます。瓶入りと明らかに感じる味の違い。液種は同じでも、容器や注ぎ方でこうも違うものかと毎回驚かされる一杯。420円とリーズナブルなこともあって、生ホッピー目当ての常連さんもいらっしゃいます。
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生ホッピーは軽い喉越しですいすい飲めてしまいます。続いては、バランスよくサッポロ黒ラベル(中びん500円)。あわせるおつまみは、ポテトサラダ(370円)です。
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マッシュなポテトに、きゅうりと卵と玉ねぎ入り、ねっとりとした硬さ。カミヤのポテトサラダはカレー味で、香辛料の余韻が微かに残ります。
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カウンターに集う常連さんたちと他愛もない酒場話で盛り上がれば、お酒のペースも変わらず順調です。店員さんもお客さんも、一緒になってカウンターは笑顔でいっぱいです。お酒は冷酒へ。短冊メニューで珍しい銘柄がはいるので、それを飲むのも楽しみの一つ。
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創業70年の老舗でも、気取らず変わらず、毎日を刻むカミヤ本店。鮮度自慢のもつ焼きと、美味しいビールや下町の甲類系ドリンクで、今日の疲れを癒やします。明日への活力をカミヤでチャージするのは、戦後も現代もかわりません。
ごちそうさま。
(取材・文・撮影/塩見 なゆ)