老舗の居酒屋が移転や建て替えにより小奇麗になり、明るく清潔的なんだけどなんだかそわそわする…というのはよくある話。中目黒の名店、大衆酒場藤八も現在建て替えのため、中目黒駅を挟んだ北側の仮店舗で営業を開始しましたが、これが隅々まで「藤八」なんです。
どこをみても、手抜きなく旧店舗の雰囲気を引き継いでいます。映画会社の大道具さんもびっくりな完成度なんです。
今回は、そんな仮店舗で営業中の藤八の様子をご紹介しましょう。
藤八に行くと考えていたら、勝手に目黒川に足を向けていました。いやいや、危ない。仮店舗は山手通り沿いに少し北上した場所です。
飲食店ビルの二階。新しい建物に入居したのでピカピカになっていたりはしないかと恐る恐る階段を登ると、そこには突然あらわる激渋の暖簾。壁の文字や造作も、まさかのサッシの扉までも同じです。
店内はもっとすごい。旧店舗の壁を覆っていた品書きの短冊は丁寧に移設され、これまたそっくりな木目調の壁紙の上に瓜二つ貼られています。
椅子やテーブル、カウンターの一枚板が一緒というのはよくある話。それでも感動するものですが、藤八はまさにプロの犯行。いや、プロでもここまで思い入れをもった力技な剥製はしないでしょう。
同じ板前さん、同じ給仕のお姉さんたち。さらには顔を出す常連さんも一緒。まるでパラレルワールドです。ずっと昔から藤八はこっちにあった世界線のように。
違和感ゼロのカウンターに座り、顔なじみのお姉さんに「ビール?」と聞かれ、ハイと答えます。昭和サイズの大きなサッポロ中ジョッキ。パーフェクト認定の黒ラベルでまずは乾杯。
日替わりの品書きは手元のブラックボートで。これも同じ。大道具さんだけでなく、小道具さんもいい仕事をしています。
自家製のしめ鯖にいつものイチオシ、マグロ刺しやあじのなめろうと並ぶ料理もいっしょです。
藤八にまだ飲みに来たことがない人には、ぜひこの品書きで思いを馳せてほしいです。ざっくりと書かれているようで、どれも板前さんの技が光る逸品揃いなんです。
藤八といえば自家製〆サバ(450円)。老舗ならではの贔屓ルートで仕入れた鮮度抜群のサバを店で若〆。酸味控えめ、軽い塩と濃厚な旨味が舌をこしょこしょとくすぐります。
お通しの菜の花と海老の小鉢といっしょに食べて、変わらぬ春の藤八に浸ります。
今日はなにがいい?と聞けば、イイダコが美味しいよと板前さん。座敷で、テーブルでとグループで飲む藤八も大好きですが、食べ物とお酒に向き合うならばカウンターが特等です。給仕のお姉さんや板前さんとザックバランな中目バナシをしつつ、春先が旬のイイダコで杯を進めます。
北陸では刺身で食べるイイダコは、藤八のものも鮮度がよいので、軽い火の通りで大丈夫。汁を蓄えたイイダコのコクにお酒が吸い寄せられます。
合わせるお酒は、三重県は楠の酒蔵、宮崎本店の宮の雪です。皆さんご存知、キンミヤ焼酎をつくる酒蔵の日本酒です。鈴鹿山麓の伏流水は超のつく軟水。すっきりした味わいに米のフルーティーな余韻が合わさります。
宮の雪は二杯目に。そして肴は王道の自家製はんぺん。カニのほぐし身が入った、羽毛布団のようなふわふわ食感で、魚の旨味に思わず頬が緩む逸品です。
自家製はんぺん、そして自家製つながりで言えば腸詰めも外せない長年の名物です。シメの海苔うどん、冬は一人鍋も最高です。
1977年(昭和52年)創業の藤八は、店の歴史の分だけ、愛されてきた名物料理が多数あります。
初めての方はもちろん、何度か飲みに来ている人でも、そんな長年常連さんが育んできた名物にぜひチャレンジしてほしいです。わからなければ、目黒川の桜に負けないほどの笑顔を振りまく名物ママに聞いてみるのもよいですよ。
一年だけの特別な藤八。2019年にはもとの場所に戻ってしまうので、ぜひいまのうちに楽しんでみてください。古いのに新しい、新しいのに渋い、老舗の店舗移転の正解とも言えそうな空間がここにあります。
空気まで昔のままの藤八へ、ぜひ!
ごちそうさま。
(取材・文・撮影/塩見 なゆ)
大衆割烹 藤八
03-3710-8729
東京都目黒区上目黒3-1-4 グリーンプラザ 2F
17:00~23:30(日祝定休)
予算2,500円
旧店舗の記事はこちら
中目黒「大衆割烹 藤八」 ここを知らずして中目黒を語るべからず