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東京の景色は目まぐるしく変化します。それこそが、東京という街のアイデンティティのように。そして、そこで働き、そこに暮らす私たちも、時代に取り残されないように常に前を向いて走り続けています。そんな東京だからこそ、酒場という変わらぬ空間に魅力を感じ、そこでいっときの安らぎを求めるのではないでしょうか。
東京・秋葉原にある1954年(昭和29年)創業の大衆割烹「赤津加」で飲むたびに、筆者はそのように考えます。
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御茶ノ水から神田川をみた眺めは東京を代表する風景のひとつですが、この神田川も徳川幕府がつくったもの。その縁に甲武鉄道(現在のJR中央線)が線路を通し、秋葉原の赤津加と時を同じくして、1954年に営団地下鉄丸ノ内線が神田川をまたぎました。東京湾に直接流れていた神田川を隅田川へつなげた太田道灌の頃から東京は常に代わり続けているのです。
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1932年に開通した総武線の高架橋は、完成当時はこれより高い建造物がなく、中央通りをまたぐ御成街道架道橋は東洋一の大陸橋と呼ばれていたそう。神田川を経由して運ばれてきた荷物を扱う貨物駅として開業した秋葉原駅。周辺はその名の通り、空き場の原っぱでした。水運、鉄道、道路の結束点としての利便性から、卸売業ややっちゃ場(神田青果市場)で発展し、戦後の混乱期より電気部品を扱う街へと変化しました。
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秋葉原が電気街、そして現代のようなサブカルチャーの聖地となる歴史は、変化を続けた東京の歴史そのものといえます。卸の街、商人の街であることは売り物が変わっても同じです。
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真空管屋が電子部品と家電屋に。そしてパソコン屋を経てアニメ・ゲーム・同人ショップと秋葉原が売るものは、猛スピードで変わり続けてきましたが、その中で黒塀に囲まれ微動だにしない、もはや異世界とも言える佇まいの飲み屋が「赤津加」です。
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2階建てで、一階が10席ほどのコの字カウンターとちょっとしたテーブル席。二階は千代田区のご隠居さんたちが愛用するお座敷があります。
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ちょっとしたお通し。毎度、最初の小鉢から癒やされます。
ビールは、昔からずっとサッポロビール。数世代前の赤星ジョッキが現役で、一層の風格を演出してくれます。では乾杯!
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ビールはサッポロ黒ラベル他、瓶でキリンとアサヒも取り扱い。千代田区の老舗はこの3社を揃えていることが多いです。
日本酒は下り酒・菊正宗一筋。燗銅壺でひとつひとつそっとつけてくれる燗酒は、夏場でもいなせな常連さんに愛飲されています。
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季節料理を掲げる赤津加。店主が毎日、築地の魚河岸に足を運び仕入れてくる鮮魚も上物で、日替わりの刺身はぜひお試しあれ。この日も絶品のひらめ刺しに舌鼓。悩むことなく、日本酒へと流れます。
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チェイサーとして瓶ビール。美しい文字で「赤津加」とはいる白磁の徳利に、キクマサのぬる燗を。
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コの字は燗つけの目の前で、その様子までもが肴です。酒は一度、枡で計量してからじょうごを通して徳利へ入ります。
左手で徳利の首のところをちょいと掴んで、お猪口へととと。そのまま右手で口へ運び、きゅっと飲む。ふくよかな米の余韻を感じる間に、ヒラメ刺しを一口。
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さて、赤津加で何を食べるかというときに、やはりもつ煮込み(820円)は外せません。長年愛される名物料理で、主に鶏皮で、所々に背肝が入っています。鶏の旨味がでていてまろやかな味噌味ですが、しつこさはなくぺろりと食べられます。
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秋葉原の真ん中で飲んでいるとは想像もつかない、昭和の風情がそのまま閉じ込められています。
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ほたてかき揚げ(880円)。赤津加は酒場と割烹の中間的な存在です。長野で修行を積んだ店主を中心に、ベテラン勢で固められた厨房は、どの料理も安心して人に勧められます。
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もう一本、キクマサをもらって、チェイサービールはキリンラガーへ。
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秋葉原の神田青果市場は1990年(平成2年)まで稼働し、その機能は大田市場へと移されました。そんな神田青果市場で営んでいた仲買の屋号が壁に堂々と掲げられています。いまも当時のつながりを大切にされていて、こうして私たちが美味しい料理で市場の名残を楽しませてもらっています。
壁に貼られたカレンダーが電気機器製造のTDK株式会社だったり、テレビがものすごく巨大だったり、やっちゃ場の名残だけでなく、秋葉原の要素がちらりと見えるのもおもしろいです。
東京の名酒場のひとつ。久しぶりに一献どうですか。
ごちそうさま。
(取材・文・撮影/塩見 なゆ)
赤津加
03-3251-2585
東京都千代田区外神田1-10-2
17:00~22:30(平土ランチあり・日祝第一.三土定休・18:30まで予約可)
予算3,500円