新宿は古くから文学や芸術、芸能に関わる人たちが集う街です。その歴史をさかのぼると江戸時代の1800年頃に起源がります。
江戸四宿のひとつ”内藤新宿”。その新宿総鎮守「新宿花園神社」(当時は三光院稲荷)が大火で社殿が焼失した際、再建のために境内に見世物小屋、演劇、踊りなどの舞台をつくり、好評を博した歴史があります。それ以来、脈々と芸能の神様として親しまれ、文化のまち・新宿を育みました。現代でも花園神社は芸能関係者の奉納が多いことでも知られています。元来の雑多な興行で賑わいを生み出してきたことから、歌舞伎町をはじめとした日本最大の繁華街を形成するきっかけのひとつとも言えるでしょう。
意外かもしれませんが、新宿の水商売の方々の花園神社への想いは強く、神輿や酉の市の頃には色とりどりの眩しい服装の人たちが豪快に祭りを盛り上げています。
文化のまち・新宿は戦後の混乱期でさえもバネにして、増々パワフルに酒と煙草とイデオロギーと芸術論を爆発させていきました。
新宿を代表する酒場のひとつ「ぼるが」も1949年(昭和24年)、終戦から4年後の新宿東口闇市(後の思い出横丁)ではじまります。ロシアの大河「ボルガ川」から名前をつけた初代店主はロシア文学を愛していたのです。
闇市のメシ屋にボルガとつけた店主が営む店、想像するに混乱期の中でもそれはそれは熱い討論が繰り広げられていたのでしょう。
闇市は度重なる行政の介入などにより規模を縮めていくなか、昭和33年にぼるがは現小田急ハルク側へと移転し、現在もそのままの建物で営業中です。
レンガづくり風の店構えに蔦(つた)が絡まり、語らずとも店の歴史が伝わってきます。外観はどこか喫茶のようでもありますが、正面に向いた炭火の焼台では店主が看板料理の「ばん焼」を黙々と焼き上げています。この煙と匂いが懐かしいという人も多いはず。親子三代の常連さんが当たり前の酒場です。
ぼるがもまた焼酎ハイボールにクセがある酒場で、めちゃくちゃ度数の高い酎ハイは、20代の頃の私には早く酔えることから愛用品でした。
ビールは昔からサッポロビール。生がサントリー、瓶ではキリンもありますが、ぼるがのサッポロビールは酎ハイと並ぶレガシードリンクだと筆者は思っています。
山小屋をモチーフにしたランタンが照らす飴色の世界。舞台や本のポスターと品書きが壁を埋め尽くすこの空間に北極星が美しい。乾杯!
看板に書かれているばん焼とはやきとりのこと。鷭(ばん)という水鳥を相当以前は焼鳥にしていたのですが、現在は名前だけが残り「やきとり」(ひらがななので豚モツ)になっています。5本で500円。
500円均一の料理はジャンルが様々で、どれを食べてもはずれはなし。日替わりのおすすめメニューも合わせてチェックです。
とんぶりは人気の一品。筆者がはじめてとんぶりを食べたのは、そういえば「ぼるが」でした。山芋の千切りと一緒に量もたっぷりでてきて、軽く醤油を落としてささっとかき混ぜていただきます。ビール、酎ハイはもちろん、日本酒が欲しくなります。品書きには銘柄が書かれていませんが、山形・小嶋総本店の「東光」など、かなり渋いチョイスが用意されています。
かならず頼むおつまみがありまして、「おから」。大根がんも煮やアジフライなど派手な料理があるなか、それでも「おから」は頼まずに入られません。具だくさんでほくほく、出汁の味が効いていて、心の底から安らぐ味なのです。
生樽の黒ヱビス。ゆっくりと語り合いながら飲むような酒場には、黒ビールをお供にじっくりと酔いを楽しみたい。
ひなどりと手羽、つくね。ぼるがのばん焼は、かなりの強火でがんがんと焼き上げていて、表面はぱりっと炭の風味が効いているのが特長。タレは滴るほどつけてはいないですが、程よい甘さで飽きのこない美味しさがあります。
文学者、建築家、芸術家、映画監督に音楽、舞台、俳優と、いまでも芸能関係者のファンが多い「ぼるが」。となりのテーブルから聞こえてくる会話からも、新宿が現在進行系で文化のまちであることを感じさせてくれます。
新宿という街の根幹を垣間見れる酒場で一杯、いかがでしょう。
ごちそうさま。
(取材・文・撮影/塩見 なゆ 取材協力/サッポロビール株式会社)
ぼるが
03-3342-4996
東京都新宿区西新宿1-4-18
17:00~23:00(日祝定休)
予算2,800円