港町・八幡浜で何十年と愛されてきた「たる源」。初代女将と腕のいい花板さんが、最高の魚でもてなしてくれます。正直、これほど感動したお店は滅多にありません。
とくに魚で飲むことが好きで、日本全国の港町を訪ねては、その街で長く続いてきた店を訪ね歩いています。どこの街にも大変素晴らしい店がありますが、八幡浜の「たる源」は別格の美味しさがありました。
松山市からは特急列車で約50分。フェリーを利用すれば九州大分は別府から2時間45分。魚種が豊富で漁獲量も多い八幡浜へ、魚好きはぜひ一度足を運んでいただきたいと思います。たる源の魚を食べることを目的に訪ねる価値は十分にあります。
目次
歴史ある街に名店あり
JR八幡浜駅。昔ながらの汽車が似合う駅です。
八幡浜の歴史は長く、四国の中でもとくに栄えてきた街のひとつ。四国で最初に電灯が灯ったのもこの街です。これは、明治のはじめに四国で最初の紡績会社が誕生したことで、街は大きく成長したと言われています。
漁業、海運に加え、産業の登場がこの街を育てました。現在、八幡浜市は人工3万8千人の地方中小都市ですが、往時の名残は中心市街の随所に見られます。
正統派の割烹料理屋
人々が集まる場所に名店あり。八幡浜市は飲食店が充実しており、本格的な老舗オーセンティックバーも存在します。料理屋、割烹、小箱のスナックなどが立ち並び、港町の繁華街らしい雰囲気で満ちています。
たる源もそうした歴史ある店の一軒。店構えからもわかる通り、お座敷がある割烹料理屋です。
現在はベテランの女将と花板さんのお二人で切り盛りされています。
時代の変化とともに栄枯盛衰があったと思います。それでも座敷の予約が入ることは今でも多く、近隣企業が宴会によく利用してくれるのだと聞きました。
また、エネルギー産業など、全国から出張者を迎える事業所があるため、出張者が社内の噂を聞きつけて訪れることもあるそうです。
ネタケースの中身そのものが今日の品書き
冷蔵ショーケースを前にした、数席あまりのカウンター席が特等席です。地元のご夫婦がお酒を楽しむ横に、私もお邪魔させていただきました。
先客のご夫婦と私しか居ないのに、ケースにはこれでもかと魚に詰め込まれています。多くが今朝水揚げされたものだそう。
生簀は、天然ふぐや巨大なヒラメが出番待ち。一緒に泳いでいる海老はウチワエビ。
状態抜群のキリン樽生ビール
長く続いてきた店にある無垢の一枚板を前にして、今宵もビールから始めます。それでは乾杯!
ビールサーバーがピカピカなのは、女将さんや花板さんのこだわり。常連さんも「ここのビールは美味しい」と笑顔で飲んでいらっしゃいます。
河豚肝あえから始まる、旨いものづくし
いろいろ驚かされるお店なのですが、先付から腰を抜かすことに。なんと河豚の肝あえです。
細く切ったふぐ皮を青ネギなどの薬味と一緒に肝醤油で和えたもの。旨味、コクのかたまりのようなもの。それでいて大変繊細で、余韻に思わずホホが緩みます。
八幡浜はウチワエビの産地。花板さんのイチオシなので、活きの良いものをいただきましょうか。
ウチワエビとイサキの刺身
素早い包丁さばきで、すいすいとあっという間。宇和海産で揃えたお刺身盛り合わせの完成です。イサキの刺身と湯引き、イカ、そしてウチワエビ。
地ものの刺身には、地元のお酒をあわせるに限るというもの。八幡浜市には川亀、梅美人、桐万長の3つの蔵がありますが、内子などを含め近隣の各銘柄が用意されています。
お燗をつけてもらったら、改めて乾杯です。
活ウチワエビは弾力がありぷりぷりとした食感。濃厚な甘さ旨さは伊勢海老にも並ぶほど、実に美味です。
イサキもこれほど歯ごたえと甘みが両立しているものは珍しいのではないでしょうか。湯引きにすることで脂からでる旨味がさらに増して、これまた非常に素晴らしい美味しさです。
品書きというものはありません。今日揚がったものが冷蔵ケースに詰め込まれているので、これを見ながら料理を注文します。この界隈の人は皆さん魚が身近だから、並ぶ魚介類を見るだけで美味しい食べ方が浮かんでくるのだそう。
常連さんや女将さんにどれが良いか相談しても、「みんな美味しいよ」という返答。うーん、困りました。このぐじ(赤甘鯛)はどうですか?
甘鯛とタチウオの塩焼き
ということで、焼き魚はぐじ(甘鯛)をお願いしました。丁寧な仕事で、化粧塩でヒレもピンとしています。ぱりっとした身からはじんわりと甘鯛特有のやや黄色みがかった脂が滲み出してきています。
パリっとした皮と、しっとりしとて決めの細かな身のコントラストは素晴らしく、甘く深いコクが口いっぱいに広がりました。この味をまえにして、徳利1本を乾かすのは一瞬の出来事。
せっかくだから食べてみてと、タチウオも添えてくれました。タチウオは西日本でよく食べられる魚ですが、漁獲量一位は愛媛県。とくに八幡浜はよく食べられる地元の定番の味なのだと女将さん。脂が乗ってジューシー。怖い見た目のわりに精妙な美味しさです。
ふぐから揚げ、値段が心配…でも!?
内子町の酒六酒造がつくる辛口吟醸「煇乃吟」を頂いていると、揚げ物が揚がりました。もう刺身、焼き物で悩み続けたので、揚げ物は完全におまかせしました。ここまですべて大正解でしたから、揚げ物は予算も気にせず頼んだわけです。
そうしたら、まさかの河豚の唐揚げがでてきました。ちょっぴりお財布が心配?でも、いえいえ、美味しいければよいのです。
八幡浜は古くからふぐが食べられてきた地域で、市内には多くのふぐ料理店があります。先付のふぐにも驚かれましたが、このふぐから揚げも実に美味。
ぷりっぷりの身はふぐの上品な旨味がより強く引き出され、上品なコクが楽しめます。衣もふぐの味を引き立てる実にいい塩梅です。
焼き魚のタチウオのように、色々食べて楽しんでいってね!と、ぐじの松笠揚げを添えてくれました。
稀にみる奇跡のような店
もう夢見心地です。お酒もしっかり飲んで、これで5千円におつりがくるとは思いませんでした。
良心価格なことは嬉しいですが、なにより魚そのものやその鮮度が格別にいいのです。それを特にカッコつけることなく、そっと出してくれるお二人の雰囲気が実に素晴らしい。
竜宮城に迷い込んでしまったようなひとときでした。
ごちそうさま。
(取材・文・撮影/塩見 なゆ)
店名 | たる源 |
住所 | 愛媛県八幡浜市仲之町390 |
営業時間 | 17:00~22:00(日定休) |