吉祥寺「千尋」 親子が守る老舗の灯り。扉の向こう、古き良き大衆飲み屋へ。

吉祥寺「千尋」 親子が守る老舗の灯り。扉の向こう、古き良き大衆飲み屋へ。

2018年5月2日

老いも若きも、吉祥寺は幅広い年代に愛されている街です。街のシンボル、神田川の源流である井の頭池一帯の緑や、中央線文化が漂う雑貨店やアパレルショップが知られていますが、お隣の荻窪生まれの筆者には、吉祥寺は飲み屋の街のイメージです。

井の頭公園を借景につまむ焼鳥と色付き焼酎や、ハモニカ横丁の隅っこで身を寄せ合っておでんで一献。そんな思い出ばかりです。最近はレトロブームで若い人も増え、それに応えるようにシャッターが閉まっていた店舗に次々と今風の大衆酒場が開いています。

かつての輝きを取り戻した吉祥寺の飲み屋街は、確かにキラキラしています。でも、やはり最後にたどり着きたいのは、落ち着きのある正統派ではないでしょうか。

1973年(昭和48年)創業の「千尋」はいかがでしょう。JR吉祥寺駅前、東西に伸びるパークロード沿いにある半世紀近い老舗です。駅周辺が再開発されても、ここは昔の面影が強く残り、古い飲み屋が似合います。

そのかわり、人通りの多い細い商店街にもかかわらず、昔から大型の路線バスが数珠つなぎで入ってくる昭和の光景で、いつもバスに追いかけられている気がします(笑)

創業当時からの建物をそのまま使い続けているそうですが、手入れがしっかりしていて衛生的。付喪神(つくもがみ)が宿っていそうな火鉢や酒器が並びます。店内は明るく、どこか背筋を伸ばしたくなる雰囲気です。

いまも現役で包丁握る初代と、それを助ける女将さん。そして、所作から修行が感じられる二代目の息子さんが味を受け継ぐ、家族で守る空間です。

ビールは昔からキリン。ジョッキサイズは昔ながら大きいものなので、中ジョッキでも飲みごたえたっぷり。旬の食材をつかった気の利いた小鉢のお通しと一緒に運ばれてくれば、何軒目であっても、気持ちはリセット。喉が欲する一杯を片手に、乾杯!

瓶ビールではクラシックラガー(580円)、日本酒は店の看板にもある通り、福島二本松の奥の松一筋です。一合で470円。純米生酒や吟醸など、バリエーションをもって扱われています。

酎ハイは、武蔵小山の割材メーカー・博水社のハイサワーを置いています。

続いて料理の品書き。日替わりの手書きの内容を読めば、正統派飲み屋が好きな人にはきっと共感してもらえるはずです。めひかりの天ぷらやカレイの煮つけ、ふきにしん煮など、魅惑の内容です。

定番の料理も誘惑がいっぱいです。なんせ、いわし料理で1コーナーが成立しています。煮物に混ざる豚角煮も気になります。

悩みはつきませんが、千尋はご主人の包丁さばきが素敵なので、一品目はお刺身から始めたいところ。まるの鯵を手際よくまな板に乗せれば、目にも留まらぬ早業で三枚におろし、薬味を和えてリズミカルに包丁を入れて完成です。

吉祥寺駅から徒歩2分ほどの立地で、500円台でまるの鯵をたたきにして食べさせてくれるのだから、通いたくなるわけ、わかりますよね。

こうなると、飲みも本腰で。奥の松を燗につけてもらって、しっとりと口へ運びます。

さわらふきのとう包み焼き(550円)も焼き上がりました。だいたいの料理が500円前後なので、ふらっと立ち寄り軽くのんで2,000円台で満足でしょう。

さわらに甘タレを絡ませ、ふきのとうを砕いて香味をつけた一品。ちびりと摘んで、日本酒を追いかけます。まさに、酒の肴にするための焼き魚です。

シメはレモンサワーでおしまい。

一日の終わりに静かに飲みたいとき、ここのカウンターは緊張が緩み”ふにゃ”となれて最高です。客層も飲み慣れた先輩方がほとんどで、騒がしくもなく、ほどよく飲み屋のガヤがむしろ心地良いほどです。

二人で語り合う老夫婦や、50代の立場がありそうなスーツの男性のひとり酒、大学の教員のような雰囲気の男性3人組など、様々な顔ぶれが、いつも時間を楽しんでいます。

吉祥寺の癒やしの一軒へ、ふらりと立ち寄ってみませんか。

ごちそうさま。

(取材・文・撮影/塩見 なゆ)

千尋
0422-45-0095
東京都武蔵野市吉祥寺南町1-1-7
17:00~24:00(水定休)
予算2,500円