江戸時代には居酒屋はなく、江戸の町民がお昼に飲む場所といえば蕎麦屋が多かったそうな。時代はかわれど、東京の昼酒の定番は蕎麦屋が一番しっくりきます。
昼食時のピークをこえた2時頃、午後の強い日差しも暖簾をはさむことで穏やかになり、徳利をやさしくつつみます。時間の流れが静かに感じられ、ほどよい距離感で”ほっておいてくれる”のも蕎麦屋飲みならでは。遅い昼食として、蕎麦の前にちょいと肴と酒でくつろぐのもよし。そのまま、だらだらと夕方の飲みの時間に流れるのもいいものです。
東京は街中に名門・老舗の蕎麦屋があり、通しでやっているお店も多く、飲みの場所で困ったら蕎麦屋がちょうどいいです。
上野駅から2分の場所にある街の蕎麦屋「翁庵」も、その歴史をみると、1899年(明治32年)創業と120年近い歴史を持つ老舗。店そのものも70年を超える年代物で、白黒映画にでてくる昭和の蕎麦屋の佇まいそのものです。
演芸場も近く、また浅草からも遠くない場所柄、落語家のファンが多いことで有名。とはいっても気取った感じはなく、飾りっ気のない日常の蕎麦屋そのものであることも、ここの魅力です。
日本酒は宝酒造の松竹梅、ビールは大びんのみで600円。お酒はこの2種類しかないですが、それでもお昼飲みを楽しむ人々が絶えない人気店。
お酒を頼むといっしょにでてくる枝豆と、最初のつまみに板わさを。日本酒はぬる燗で、瓶ビールもいっしょにだしてもらって、昼酒スペシャルの完成。では、サッポロ黒ラベルで乾杯!
葉のかたちに包丁をいれた眺めるだけでも肴になる美しい板わさ。江戸の蕎麦屋らしい、こりっこりの硬いかまぼこは、もちろん小田原の鈴廣のもの。上品に甘さと香り高い余韻。季節をとわず、板わさはぬる燗をほっします。
蕎麦屋らしいおつまみの楽しみ方といえば、例えば月見芋のように蕎麦つゆを味わう品をおつまみにすると、一層楽しめます。蕎麦のかわりにとろろを使い、蕎麦つゆと合わせることで出汁の風味や広がりを楽しむもの。
軽くお椀にとろろをよそり、さじで好みの分量のつゆを移し、軽くわさびを添えて。とろろの下に隠れた生の卵黄と蕎麦つゆも合わせて、最後は混ぜ込んでしまって、はしたなさを感じつつもすするのも好き。
翁庵は、暖かいお蕎麦をぬきで注文可能。鴨南蛮をおつまみ用でぬきにしてもらい、徳利をもうひとつ。液体オツマミとはよくいったもので、そばのつゆは日本酒と相性抜群。蕎麦屋だからこそ味わえる心地よさ。
早めの夕飯に家族連れで食べに来ていたり、近くの職人さんが短い時間でささっと蕎麦をすすっていく姿もみられる、街の蕎麦屋「翁庵」。
ご主人の気さくな雰囲気も店の良さをつくっていて、全体的にほっこりとした雰囲気です。味よし、価格よし、覚えておいて損はありません。ごちそうさま。
(取材・文・撮影/塩見 なゆ)
翁庵
03-3831-2660
東京都台東区東上野3-39-8
11:00~20:00(日祝定休)
予算2,000円