小樽「ニュー三幸」 衰退から一大観光都市へ、常に煌く星がある


小樽で60年以上続く老舗ビヤホール「ニュー三幸」は、狸小路のサッポロビール直営ビヤホール(現ビヤホールライオン狸小路店)と並び、北海道開拓のなかでビールが親しまれてきた歴史を今に伝える貴重なレストランです。

創業は1954年(昭和29年)。その頃の小樽はというと、ニシン漁の終焉を迎えた頃ではあるものの、夕張で産出される石炭を運ぶ港として栄え、札幌の船の玄関として近代産業がこぞって進出していました。2002年まで都市銀行である三井住友銀行の支店が設けられていたことからも、その繁栄ぶりが想像できます。

 

それから一転、太平洋側への港湾シフトや札幌への機能集中による急激な衰退。小樽は北海道の歴史のなかで山あり谷ありを経験し、その過程において誕生した様々な施設が、現在は観光の目玉として人々を集めているのは言うまでもありません。

1934年に建てられた国鉄小樽駅の駅舎も、繁栄の面影が残る重厚で立派なもの。街中には運河やレンガ倉庫など、開拓ロマンを感じさせる建物が多数立ち並びます。

 

歴史ある街には魅力的な食文化が息づいています。それは小樽もおなじ。寿司や若鶏素揚げなどもよいですが、角打ちも見逃せない存在です。

 

北海道開拓の中で、常に輝き続けてきた「北極星」をシンボルにしたサッポロビール。開運で賑わう都市にもサッポロビールが飲める一軒のビヤホールが誕生します。それが、サンモール一番街で現在まで続くビヤホール「ニュー三幸」です。重厚なレンガ造りの店構えの先は、開放的で賑やかなビヤホールが広がります。

 

街を代表する洋食店として、まだハンバーグすら高級な時代に小樽でごちそうといえば「ニュー三幸」だったと、地元で続く酒屋の店主も話します。

 

観光もない、産業も衰退した小樽にあっても、大箱のビヤホールニュー三幸が今の時代まで続いていることが、なにより地元に愛されている証です。

 

観光都市として復活したいま、ニュー三幸の存在は運河やレンガ倉庫と並び、観光スポットのひとつになっています。それでいても、店には長年通いいつも同じ席に座られるような常連さんたちの笑顔が輝いているのが印象的です。

余談ですが、銀座7丁目のビヤホールライオンも噴水の前にはいつも常連さんがいらっしゃり、幸せそうにお食事をされている姿をみます。通われる方の人生に寄り添う存在であるビヤホールっていいですよね。

 

ビールは黒ラベルの金口、中ジョッキ、大ジョッキ。ヱビスではスタウト・クリーミートップや小樽では珍しい琥珀ヱビスが楽しめます。

 

開拓使の赤い星。サッポロの旧ロゴが現役の活躍する大ジョッキで乾杯!当然ですが、生ビールの品質は文句のつけようがない良い状態。カラっとした北海道の空気には、サッポロビールの風味と優しい旨味がベストマッチです。

 

ランチタイムは1,000円前後で伝統的な三幸の洋食が用意されています。名物のポークカツイタリアンに黒ラベル、いかがでしょう。店内の一部は無煙ロースターのジンギスカンコーナーがあり、夏季に営業するテラスで屋外ジンギスカンも地元の夏の風物詩となっています。

 

お通し・チャージはなく、480円からのアラカルトが用意されていますのでしっかりご飯や宴会に使うだけでなく、一人・二人で散策の合間のちょっとした休憩として乾杯するのもおすすめ。

 

ビヤホールで食べるスペアリブは、不思議な魅力があります。見た目と異なり、お肉はたぷたぷとしていて、持ち上げると自重で垂れるほど。

 

手にタレがつくことをよしとして、そのまま口に運び、肉汁の余韻に黒ラベルを喉ごしをあわせれば、笑顔になるに決まっています。

 

コースターに描かれたシャイニングスターを挟む向獅子のマークは銀座ライオンに似ていますが、小樽ニュー三幸の独自の路線は、ある意味、小樽が札幌開拓の玄関して一番に栄えていた頃の名残といえるかもしれません。

 

北海道・恵庭でつくられる北海道生まれの黒ラベルで乾杯。

 

札幌からJR函館本線で最短32分の距離にある小樽。運河・倉庫・坂の街を歩いて、合間には美味しいビールを飲んで体感する開拓ロマンを味わってみてはいかがでしょう。

ごちそうさま。

 

(取材・文・撮影/塩見 なゆ 取材協力/株式会社ニュー三幸・株式会社サッポロライオン)

 

ニュー三幸
0134-33-3500
北海道小樽市稲穂1-3-6
11:30~21:00(原則無休)
予算2,000円



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