雷門のすぐ隣という、あまりにも有名な立地にある『三定』。「よくある観光地の食堂だろう」と素通りしてしまってはいないでしょうか。もしそうなら、それは大きな間違いです。ここは天保八年(1837年)創業の現存する日本最古の天ぷら店。観光客が去った夜、常連さんたちがお酒を傾ける光景は、まるで時代劇のようです。
雷門の喧騒の奥にある、江戸の夜

日中の『三定』は、国内外からの観光客で大変な賑わいを見せます。七代目は米英に留学したという国際派で、老舗に見えても受け入れ体制はばっちり。
そんな三定も、街が夕暮れに染まり喧騒が和らぎ始めると、近所の人が下駄でお酒を飲みに来るようになり、地元の馴染の食事処の雰囲気に戻ります。江戸っ子気質の花番さんも、日中とは違うゆったりとした接客です。

寄席帰りの旦那衆や、近くに住むであろう下駄履きの“ご隠居さん”といった、この店の味を知り尽くした地元の人々が多くなり、店全体がゆったりとしたムードに。
ご近所さんのお目当ては、もちろん江戸から続く変わらぬ味。この店は、創業者・初代定吉が三河国から江戸へ出て、卵商人から天ぷら職人へと身を立てた物語から始まります。ご想像の通り、屋号は「三河」と本人の名「定吉」から。店の半纏に描かれた卵の紋は、玉子商人から始まった歴史を表しています。
「店の主人は必ず調理場に立つ」という家訓で、いまは8代目が中心となって切り盛りされているそうです。

天ぷら蕎麦を肴に、燗酒をあおる贅沢
まずは瓶ビールをお願いして、今日の良き日に乾杯! 壁に掲げられた多彩な品書きを眺め、評判の玉子焼きあたりを頼んでビールをちびり。この時間がたまりません。

ビール瓶が空になる頃には、自然と日本酒が恋しくなります。夏でもお燗を注文。

あわせる料理は「天ぷら蕎麦」を。天丼発祥の店(諸説あり)として知られていますが、ここでは蕎麦を選びがち。

運ばれてきた丼からは、湯気と共に胡麻油と鰹出汁の香りがふわりと立ち上り、その香りだけでお銚子が空になりそう。

濃いめで甘辛い江戸前のつゆが、蕎麦によく絡む。これぞ東京の味です。

主役の天ぷらを、つゆにたっぷり浸して頬張る。衣からじゅわっと溢れ出す旨みと胡麻油の風味が一体となり、口の中いっぱいに広がります。これはもはや、〆の蕎麦というより、最高の酒の肴。

残しておいた燗酒をくいっとあおれば、気分は時代小説の主人公。歴史ある街ならではの楽しみ方です。
ごちそうさま

『三定』は、確かにガイドブックに必ず紹介される世界的な観光名所です。浅草という街の歴史と日本の食文化を背負いながらも、今もなお地元の食通たちの舌を満足させ続ける“生きている老舗天ぷら店”でもあることを今回はお伝えしたくて記事にしました。
観光地だからと侮らず、同時に期待もしすぎず、さりげなく夜の暖簾をくぐってみてほしいです。
店舗詳細
品書き



店名 | 三定 |
住所 | 東京都台東区浅草1丁目2−2 |
営業時間 | 11:00 – 20:30 不定休 |
創業 | 1837年 天保8年 |