別名、雷門の藪。1913年(大正2年)の創業で、一世紀の歴史を持つ老舗蕎麦店『並木藪蕎麦』。日本を代表する蕎麦の名店のひとつです。世界中から藪の蕎麦を求めてそば好きが集まりますが、実は蕎麦前も得難い美味しさがあります。Syupoでは、蕎麦前を楽しむ視点から魅力をご紹介します。
目次
老舗の風格と入りやすさ

「藪」の原点は江戸時代まで遡る、江戸・東京を代表する蕎麦の暖簾です。
かんだやぶそば、2015年まで営業した池之端の藪、そして並木の藪。この3軒が藪蕎麦を代表する3軒と言われています。
さて、今回は浅草にある並木藪蕎麦を訪ねます。現在は雷門2丁目と呼ばれる浅草並木町に店を開いたことから『並木藪蕎麦』と呼ばれています。
観光地・浅草にあって、情緒ある店ということもあり全国から観光客が訪れる名所のひとつとなっています。昼食時はそうした観光客で賑わいますが、午後2時頃になるとぴしっとした姿勢のご隠居さん風のお客さんがやってきて、ぱっとお酒と蕎麦を平らげていきます。その様子は、まさしく江戸っ子です。
外観

現在店を守るのは3代目。テレビやBGMはおろか、ポスター類なども皆無のパリッとした空間で、期待を裏切らないこれぞ「並木藪」という蕎麦を提供しています。偉ぶったり高級志向を演出することはなく、変わらない商売を続けています。
飾りなく引き締まった店構えや、藪蕎麦の歴史を考えると、敷居が高く感じるかもしれません。確かに、町の蕎麦屋とは別格だと思います。ですが、店の営業は至って一般的なもので、老若男女、一見さんももちろん歓迎してれます。子連れの家族もきますし、外国人には英語メニューを準備してくれます。
内観

店は2011年に建て替えをおこないました。現在の店舗はまだ10年ほどですが、風格はまさしく百年の歴史を持つ店。というのも、実は旧建物と店内の構造はほとんど変わっていません。店に入ると、左に畳敷きの小上がりがあり、対面にはテーブル席。奥は灘の銘酒・菊正宗の菰樽が鎮座し、その先が厨房です。
建て替え間もない頃は、「昔のままだね」という常連さんの声がきこえてきました。若干広くなり、お手洗いを含めてバリアフリー化したようです。
乾杯はキクマサか、キリンか

お酒は菊正宗と麒麟のふたつだけ。どちらも飲むからと、最初から両方頼んでしまうという人も。

風格ある店には、歴史ある大手のビールかよく似合います。それでは乾杯。
品書き

飲み物
ビール(キリンラガー中瓶);750円、酒(菊正宗):800円。
おつまみ
わさび芋:800円、板わさ:800円、焼のり:800円、天ぷら:1,600円。
蕎麦
ざるそば:800円、天ざる:1,900円、花まき:1,000円など。
秀逸の樽酒と蕎麦屋のつまみ
菊正宗(800円)

暑い日に冷えたビール、寒い日に喉を潤すビール。一杯目のビールは軽い緊張をほぐし、お酒とつまみを進ませる呼び水です。すっと飲み干したら、目的の菊正宗を注文します。
さて、菊正宗のイメージは人それぞれでしょう。スーパーのお酒売り場にも並ぶ誰もが知る大手酒造会社の菊正宗ですから、身近な銘柄ですし、安価なお酒という考えが一般的かもしれません。そんな菊正宗が、藪のざるそばと同額というのは高いと感じる人も多いでしょう。

ぜひ、この一杯を飲んでみてほしいです。精米にこだわる純米大吟醸、原料にこだわるお酒、そうした方向性とは別の美味しさをきっと感じるはずです。「安価な普及酒=大手酒蔵」ではないのだとつくづく思います。樽の風味の付き方も絶妙です。
銘々盆に枡をはいたお銚子。一緒にでてくる蕎麦味噌は驚くほど濃厚です。
焼のり(800円)


こちらは焼のり。炭がはいった箱で供される昔ながらの様式です。上段の蓋をあけると、パリッとした海苔がでてきます。
板わさ(800円)とわさび芋(800円)

秋から冬は焼のりに燗をつけたキクマサ。春から夏は涼しげな板わさやわさび芋はいかがでしょう。背筋を伸ばしてお酒を口へ運びきゅっと飲んだあと、上等で固いかまぼこをつまむ。そんな午後を過ごせば、浅草に新たな魅力を発見します。
菊正宗 冷(800円)

湯煎で燗をつけたお酒には、白磁の平盃が用意されます。ガラスの猪口もあり、冷で飲むならばこちらを選びたいところ。「蕎麦屋の酒が一番うまい」とは、まさにこれのこと。
おかめ(1,000円)

昼食時を外せば、これほど居心地のいい酒の場はそうはありませんが、長っ尻は野暮というもの。最後は蕎麦を手繰り、飲みたりない分は近くのバーや居酒屋に持ち越しです。
並木藪の蕎麦やつゆへのこだわりは、様々な作家やメディア、蕎麦好きが語っているので、ここでは「美味しい」というだけにしようと思います。
玉子とじ(1,000円)

昼食時など、つまみを頼む状況ではないときは、蕎麦と一緒にお酒を頼むことも。そばつゆのコクや旨味を文字通り綴じた「玉子とじ」はお酒を進ませるお蕎麦だと思います。
正午ごろは行列ができるほど混雑するものの、15時を過ぎた頃はお客さんも少なくお酒を飲む雰囲気になります。午後の穏やかな日差しが差し込む平和な空間で、菊正宗はいかがですか。
筆者が思う、日本一美味しい菊正宗です。
ごちそうさま。
(取材・文・撮影/塩見 なゆ)
店名 | 並木藪蕎麦 |
住所 | 東京都台東区雷門2-11-9 |
営業時間 | 11:00~19:30(木及び第二水曜日定休) |
開業年 | 1913年 |