尾道「保広」 海岸通りで半世紀。親子が切り盛りする魚の店。

尾道「保広」 海岸通りで半世紀。親子が切り盛りする魚の店。

坂の街、文学の街、尾道水道で栄えた海運の街。尾道は訪れる人の興味にあわせて様々な姿をみせる表情豊かな街です。最近は、”時をかける街”でもありますね。

食文化も豊かで、尾道ラーメンやレトロな商店や喫茶店で楽しむスイーツなどがガイドブックを飾っています。そして、なにより飲み屋好きを魅了してやまないのが、魚種豊富な磯魚でもてなしてくれる海鮮料理屋の数々でしょう。

街の歴史が長いだけに老舗の飲食店が多く、また、坂の多い尾道は重機が入れないような場所にも小さな居酒屋が点在。物語が動き出しそうな店々に心惹かれます。

今日はこの尾道から、1967年(昭和42年)創業の海鮮料理店「保広(やすひろ)」をご紹介します。

 

尾道は岡山市と広島市のほぼ中間に位置する、広島県有数の観光地のひとつ。海の道「瀬戸内しまなみ海道」の本州側の起点でもあります。

海岸線をなぞるように走るJR山陽本線からの車窓は美しく、尾道ゆかりの文人の作中においていくつもそのシーンが登場しています。遠くに見えるは「因島大橋」。

 

広島から1時間30分。柑橘色をしたレトロな電車が尾道に到着。時刻はちょうど正午。

 

新しく整備された尾道駅は、ガラスを多用した開放感ある駅舎。駅舎に併設した大衆食堂も人気ですが、そちらはまたいつかの記事で…。

 

駅を抜ければ、目の前はすぐに瀬戸内海。おだやかな海にたくさんの漁船や、島々を結ぶ渡し船がせわしなく航行する眺めは瀬戸内海ならでは。対岸には日立造船向島西工場跡のクレーンがみえます。

 

駅から海岸通りを歩くこと徒歩10分。文字通り、海に面した通りで、「保広」も磯の香りを感じる場所にあります。

 

外観の雰囲気同様、店内も老舗のよき飲み屋の佇まい。一枚板の白木のカウンターが素晴らしいです。テーブル7席と座敷という造り。

 

生簀には尾道を代表する地魚「おこぜ」や「あこう」(キジハタ)、うなぎやワタリガニなどが泳いでいます。鮮度第一をお店がお店のポリシー。市場を経由せず漁師から直接仕入れをおこなっているそうです。

 

初代と二代目、そして女将さんの3人で切り盛りしています。家族経営の店ならではの阿吽の呼吸で、次々と料理が仕上がっていく様子は、それだけでお酒が進むというもの。

 

西条、呉、竹原と酒処に囲まれた尾道。とはいえ、やっぱりビールで喉を冷やしたい。瀬戸内海を挟んだ対岸の街、伊予西条にあるアサヒビール四国工場でつくられた樽生スーパードライ(650円)をもらって、はい、乾杯!

ガス圧、温度、洗浄もばっちり美味しい生ビールです。

 

瓶ビールでアサヒスーパードライの大ビン(750円)に加え、キリンラガーの中ビン(650円)も選べます。利酒師の資格を持つ二代目が選んだ日本酒が楽しみです。

 

ランチタイムは地穴子丼(1,800円)や尾道ばら寿司(1,300円)などが人気のようですが、お昼でも夜とほぼ同様の内容を注文することが可能です。生しゃこ刺し(2,000円)やゲンチョウ(舌平目)煮付け(1,500円)など。定番メニューではカバーしていない旬の魚があるので、何があるかを尋ねながら献立を組み立てます。カウンターでするこんな会話も魅力のひとつです。

 

一品目。冬の広島といえばやはり牡蠣。焼いてもよし、生でもよしということで、酢牡蠣でいただきます。ハリのある身、クセのないすっきりとした旨味。

 

二代目がビールの小瓶ほどの長さの小さな穴子を活きたまま次々と捌いています。手際の良さはもちろんですが、跳ねるほど元気な活穴子をみて悩むことなくオーダー。調理法は、おすすめの白焼きで。

 

もちっとしていますが、しばらくすると脂がとけだし身がとろとろとほぐれていきます。塩はほんのわずかで、穴子の優しい脂の旨味を楽しみます。

 

これは絶対日本酒!と、雨後の月(呉 仁方町・相原酒造・800円)を冷酒で。大吟醸造りの純米酒で、まろやかな甘さと余韻のキレのよさを感じる一杯です。

 

鯛あら煮付けは、瀬戸内らしい甘さをひえたあっさりとした味。刺身や寿司などでつかった朝どれの真鯛は、煮付けにするにはものが良すぎるくらいでしょうか。

 

引き締まった身ですが、箸を入れると大きくぽろっととれます。煮汁に浸っていなくてもそのものの味わいがしっかり主張しています。

 

お燗を付けてもらって、ちびりと舐めつつ、脂ののった鯛のかしらの身を摘みます。店の外から聞こえてきそうな磯の音、お店の皆さんの手際よく調理するリズミカルな音も相まって、いつもより少し酔いが進むような気がしました。

 

この道50年以上の初代が握るお寿司。せっかくですから少しお願いしたいと思います。

 

品書きにはありませんが「この街ならではのものを」という相談で、生しゃこの軍艦巻き、真鯛、あなごの3貫を選んでもらいました。生しゃこの握りはこれが初めて。甘くとろっとした食感で、磯の旨味がたっぷり。訪ねた甲斐を感じる一品です。

個性のことなる漁場がいくつもあり、それにあわせ様々な漁法で水揚げされる尾道水道の魚介類。そんな土地の魚を地域に根づいた老舗で楽しみませんか。

ごちそうさま。

 

(取材・文・撮影/塩見 なゆ ※外出自粛要請以前に取材)

 

保広
0848-22-5639
広島県尾道市土堂1-10-12
11:30~14:00・17:00~21:00(月定休)
予算5,000円