昨今、外食にフォトジェニックを求めることはあたりまえになりました。ですが酒場に関してはそうなって欲しくないというのが筆者の思いです。飲食店を取材しそれを仕事にする身としては、写真映えは否定するのはいかがなものかと思いますが、酒場には画では決して伝わらない空気感というものが大切だと考えます。
文章における行間を読むようなものを、派手さはないけれども素晴らしい酒場の風情で感じてほしいです。
青森県は西部に位置する津軽地方の都市・弘前から、「あぁ、いいねぇ」と思わず発してしまう郷土の店「しまや」をご紹介します。
青森県第三の都市・弘前は東北新幹線の終着・新青森から奥羽本線で30分ほど。「特急つがる」や「快速リゾートしらかみ」といった乗って楽しい優等列車が結んでいます。
東京からの東北新幹線はやぶさから乗り継ぎ、「快速リゾートしらかみ」で一路、津軽を進みます。車窓からは青森のシンボル、青森県最高峰1,625mの岩木山を眺める旅路です。
弘前駅は新幹線こそ結ばれていないものの立派な駅舎で、乗降客数もなかなか。名物のりんごがコンコースに鎮座します。
駅前からは中心街の主要なスポットを結ぶ巡回バスがでていて、これが便利。地方都市に多いJR駅と街の中心街が離れているのは弘前も一緒です。
今回はまっすぐ酒場に向かわず、少し昼酒の酔いざましを兼ねて弘前城に立ち寄ることにします。
真冬の弘前。雪こそ降っていないもののじんわり体内の熱が奪われていくような、そんな寒さです。春の運び屋がくるまでは弘前は冷凍庫の中。
桜の名所として知られる弘前城。大きく立派な城内に立派なソメイヨシノが多数。本丸に向けてさほど高低差のない城づくりがされていて、よい季節ならば絶好の散策スポットでしょう。
天守閣は一般的なお城同様に石垣の際に立てられていましたが、石垣の痛みなどから地震等で倒壊の恐れがあるとして、2015年に70mも曳屋(移動)され、現在の場所に置かれました。
天守のある本丸からは、岩木山に抱かれた弘前城下の美しい眺めが楽しめます。
さて、そろそろ「しまや」が開くころ、街へ降りていきましょう。弘前城から今宵の酒場は徒歩数分の距離です。
弘前藩津軽氏4万7千石の弘前は、いまも地方の拠点都市としての風格を感じます。歴史のある街の飲み屋街には奥行きが感じられます。
女将の嶋谷啓子さんとお手伝いの方で切り盛りされる「しまや」。弘前を代表する老舗の酒場です。大皿料理が並ぶカウンターと、テーブル席がちょっとで、女将さんと自然な会話ができるつくり。だるまストーブとくつくつとする鍋の湯気に包まれたあったかい空間です。
まな板をたたく音をBGMに、女将さんとの会話に郷土の味わいを感じます。
酒は豊盃。りんごの青森らしくシードルもあります。
ビールはサッポロ黒ラベルもしくはキリンラガー。まずはビールから。トトトと注いで、乾杯。
品書きは黒板の通り。季節の家庭料理を楽しませてくれるお店で、ここにないものも女将さんとの会話の中からみつかるかもしれません。刺身はまぐろと鱈のこぶじめ。鱈鍋に肉汁、じゃっぱ汁、カスベの煮こごりに身欠きにしんとお酒が進むものばかりです。
鱈の昆布締めは、旨味が濃縮された肴の王様。醤油は風味程度でつけて、ゆっくりつまんでちびりと噛めば、ねっとりとした食感。幸せが口いっぱいに広がります。その余韻にすかさずキリンラガー。何年もずっと変わることのない組み合わせに間違いはありません。鱈の刺身はこのあたりでは珍しくありません。
このあとも酒の肴のオンパレードになることを考えると、ここは早めに日本酒にシフトし、今日は骨の髄まで酒と肴に染まりましょう。豊盃をつくる三浦酒造はここ弘前の酒蔵。500石と生産量はすくなく、昔は地元消費がほとんどだったそうですが、いまは全国的な知名度をもつまでになりました。
ここ「しまや」で飲めるお酒はここだけの味。市販されていないものを楽しめます。ぬる燗程度につけて飲めばふわっと開く米の旨味。
イカの一夜丸干し。キモごと干してぎゅっと締まった美味しさ。しょっぱくてコクが強く、お酒をぐんぐんと飲ませる魅惑の逸品。イカの産地ではあたりまえの酒の肴だそうですが、これの美味しさは別格です。
冬は野菜が取れない。不足するビタミンを補うためにつくられた保存食の「けの汁」。だいこん、にんじん、わらび、ふきと順に入れて水分を飛ばし濃縮させていくそうです。しっかりとした味噌の旨味と塩分、具だくさんでこれでまた豊盃が一本空になります。
お隣の常連さんから、玉子と味噌をあわせて溶きながら焼いた貝焼き味噌焼きのおすそ分け。別名は卵味噌。シンプルながら酒の肴にぴったりです。昔はおかゆの付け合せだったと女将さん。
大皿に並ぶまつもや身欠きにしんなど、どれもこれも食べたくなるものばかり。一品一品が徳利をぐいぐい軽くするものばかりで、あとは次回のお楽しみ。
常連さんと女将さんの会話は一割程度しか聞き取れない強烈な津軽弁で、そういう場にいるのもまた旅情を感じます。
じっくり、しっとり、いい時間。
ごちそうさま。
(取材・文・撮影/塩見 なゆ)
郷土料理 しまや
0172-33-5066
青森県弘前市元大工町31-1
15:00くらい~22:30(日定休)
予算4,500円